- ロート製薬株式会社
- ブランド&カスタマー戦略デザイン本部
- 山田 偉津子
ロート製薬が挑む「老舗メーカーのD2C」とは。自社ECサイトリニューアルプロセスの全貌
創業122年を迎えたロート製薬株式会社が、「D2C」領域で新しい挑戦をスタートしていることをご存知だろうか。
D2Cは「Direct to Consumer」の略で、「製造者が直接、消費者に製品やサービスを届ける」という意味を持つ。メーカーとしてブランド単位で商品を開発し、小売店を通じて消費者にそれを届ける「B2B2C」のビジネスモデルを主戦場としてきた同社にとって、それは大きな可能性を生み出すチャレンジだ。
ロート製薬の「D2Cプロジェクト」は2020年末に始動。2021年7月にはその第一歩として、消費者と「直接つながる」場所のひとつである自社オンラインショップのサイトリニューアルを実施した。
そのプロセスにおいては、主語を「ブランド」から「お客様」に転換するためにデザイン思考を取り入れ、エスノグラフィックリサーチ等を用いて消費者の潜在的なニーズを可視化。
そうしたニーズに対して提供できる価値を定義した上で、サイトの一部とコンテンツ、さらに商品をお届けする箱や袋のデザインのリニューアルを実施した。
こうした一連の取り組みを経て、目に見える成果物のみならず、チームの仕事の進め方や意識、文化にも変化があったのだという。
今回はロート製薬が取り組むD2Cプロジェクトや、その背景にある「ベンチャーマインド」あふれる社風について、D2C事業部の湯浅 晶子さんと、ブランド&カスタマー戦略デザイン本部の山田 偉津子さんに、詳しいお話を聞いた。
既存のビジネス×未来への視点で挑む「D2Cプロジェクト」
山田 私は昨年(※2020年)の11月にロート製薬に入社しました。前職は戦略コンサルティング会社のデジタル専門部隊で、クライアントと一緒にデジタルを活用したビジネスの立ち上げに取り組んでいました。
ロートでは、昨年の7月に新設されたブランド&カスタマー戦略デザイン本部に所属し、中長期的にお客さまや社会を見据えながら戦略を考える役割を担っています。
▼【左】湯浅さん【右】山田さん
湯浅 私は2013年にロート製薬に入社し、現在所属しているD2C事業部の前身であるダイレクトマーケティング部に入りました。
ダイレクトマーケティング部時代には、お客様対応から始まり、その後は商品企画や広告周り、CRMの構築といった経験を経て、昨年からはリーダーとして全体を見るようになりました。
そのちょうど同じくらいのタイミングからスタートしたのが、「D2Cプロジェクト」です。戦略デザイン本部とD2C事業部にまたがった取り組みで、「会社としてお客様に、どのようなもてなしや体験を提供できるか」ということを模索してきました。
山田 「プロジェクト」と呼んではいますが、個人的にはD2C事業部の進化の話だと思っています。これまでビジネスを積み上げてきた部門と、私たちのような未来を考える部門の視点を合わせて、一緒に進めている挑戦です。
湯浅 この取り組みの第一歩として、2021年7月にお客様との直接の接点である自社オンラインショップのサイトリニューアルを行いました。現在はここからもう一歩進み、作り上げたものに対して見えてきたリアルなお客様行動から、さらにブラッシュアップをしていこうとしています。
「個性の総力戦」1人ひとりの挑戦を後押しする社内カルチャー
山田 D2Cプロジェクトのお話に入る前にロート製薬についてご紹介させていただくと、1899年に創業し、医薬品、化粧品、機能性食品などを展開している企業です。
コーポレートアイデンティティとして「NEVER SAY NEVER」、そして2030年に向けた総合経営ビジョンとしては「Connect for Well-being」を掲げています。
私たちが考えるウェルビーイングは、ライフステージに変化がある中でも、体だけではなく心もイキイキと、楽しみながら笑顔があふれるように過ごしていく、ということです。
このビジョンを実現するために、OTC医薬品(※)やスキンケア製品をメインに置きつつも、医療用の眼科領域や再生医療、さらに国産では初めてCOVID-19の重症肺炎に対する治験を行うなど、様々な挑戦を行っています。
※「Over The Counter:オーバー・ザ・カウンター」の略で、薬局やドラッグストアなどで自分で選んで購入できる医薬品のこと
▼ロート製薬では90以上のブランドで、様々な製品を展開
また特徴的なのがカルチャーで、現会長の山田が経営に関わるようになってから、これまで以上に組織内の壁を取り払っていくような改革が行われています。
例えば2016年からは「社外チャレンジワーク制度(社外複業)」「社内ダブルジョブ制度(社内兼務)」を制定し、新しい働き方を実践してきました。奈良で地ビールを作っているメンバーがいたり、社外で活躍する人材がどんどん増えています。
また2020年からは、「明日ニハ」という社内起業家を支援するプロジェクトを立ち上げました。これはウェルビーイングにつながる領域であることを前提に、メンバーが新しい事業を提案できるものです。
特徴的なのは、経営層の審査ステップを通過した後に、社内通貨を活用したクラウドファンディングで創業のための資金集めができることです。2021年4月までに、実際に3つの新会社が設立されました。
▼「明日ニハ」における事業化までのステップ
このように、いわゆるピラミッド制ではなく手挙げ制で、やりたいことへの挑戦を後押しするような文化が根づいています。
湯浅 実際に社内のカルチャーとしても、「気付きの種」を尊重してくれると言いますか、チャレンジへの背中を押してくれる風土があると感じています。さらに、複業や起業といった働き方が選択できることで、ある種「ベンチャーマインド」が育ちやすいのではないかと思います。
山田 私も入社して1年ですが、カルチャーはなかなかユニークだと感じています。「個人が輝いてこそ会社がある」ということが、自然に生きているんですよね。色々な個性があふれる生態系みたいだよね、とよく話しています。
ロートはたくさんのブランドを持っているので、それぞれのチームで多様なアクションが行われるんです。こうした組織である以上、「縦割り」の形が良いとは限らないと思っていて。
これだけお客様ニーズの多様化が進む中で、「◯◯さんの意見であれば絶対にうまくいく」ことってないじゃないですか。その中では、ロートのような「個性の総力戦」で戦うことはむしろ重要なのではないかな、と思っています。
主語を「ブランド」から「顧客」へ。D2Cプロジェクトの狙い
山田 このように、「1人ひとりが生きてこそ組織も成り立っていく」という考えを持った会社であることが、D2Cプロジェクトにも、その他の事業にも活かされていると思います。
今回のD2Cプロジェクトの大きな狙いは「お客様が必要とされるときに、必要なものをロートが届けられるようになること」です。
以前のロートでは、それぞれのブランドが思いを込めて商品を作り、小売店さんを通じてお客様に届ける「B2B2C」のモデルが基本でした。
それに加えて、1999年からは自社ECサイトを開設し、店頭でお届けしきれない商品や、オンライン限定の定期購入モデルを販売してきましたが、あくまでも訴求は「ブランド単位」で行ってきたんですね。
それが悪いということでは全くないのですが、たくさんのソリューションを持っているロートだからこそ、お客様の多様なニーズに合わせて、もっと提供できるものがあるはず。それは商品に限った話ではなく、例えば情報やサービスを直接届けるようなこともできるはずです。
けれどブランド単位の訴求だけでは、お客様に「ロートには他にも活用していただけるものがある」と気付いていただきにくいですよね。それはロートにとってもお客様にとっても、すごくもったいないなと。
そこで、起点を「ブランド」ではなく「お客様」にすることによって、よりお客様のニーズを包括的にかつ中長期的にカバーしていこうとしているのが、D2Cプロジェクトです。その第一歩として行ったのが、オンラインショップのサイトリニューアルになります。
「商品を軸にしない」顧客インタビューの学びをリニューアルに反映
山田 2020年の秋からスタートしたリニューアルプロジェクトでは、お客様の課題を軸にした「デザイン思考」を新たに取り入れました。そして「お客様の課題」を徹底して知るために、30代から70代まで、幅広い年代の16名の方々にインタビューをさせていただきました。
インタビューにご協力いただいた方は、大きく2グループです。まずは、ロートと既存の接点を持っていただいているお客様、そして、まだ接点のない「未来のお客様」です。
もともとロートは商品開発にあたって1人のお客様の価値観を徹底的に掘り下げる「N1分析」を行っていて、定性調査やニーズの深堀りには強みを持ってきました。
ただ今回は、商品を軸にする形ではなく「そもそも、どんな健康の悩みがあるのか」「生活の中でどんな困り事があって、本当はどうしたいのか」といった、いわゆるエスノグラフィックリサーチ(※)を行うことで、より潜在的なニーズを掘り起こしにいきました。
※行動観察やデプスインタビュー等によって、外部からは見えない消費者の深層心理や行動の要因の調査を行うもの
こうした「正解がない」もしくは「そもそも問いを立てにくい」ところからスタートした点が、これまでの商品企画とは異なるチャレンジだったのかなと思っています。
実際にインタビューを行った後は、エピソードから学びを抽出し、クラスター分けをした上で、解釈を加えて整理をしていきました。そしてカスタマージャーニーマップを作成し、それぞれのフェーズにおいて「ロートがお客様にとってどういう存在になれるのか」ということを、お客様からの学びとしてアウトプットしていきました。
▼実際のアウトプット
「ここはこういう体験にしたいから、こうしよう」といった形で、あるべきブランド体験と提供価値を整理したんですね。これをやっておいたことで、実際に画面やフロー、施策を設計していく際にも、具体的なアイデアにつながりやすかったと思います。
※サイトリニューアルに至る詳しいプロセスについては、同社が公開しているnoteもぜひご覧くださいませ。
そして最終的には、「目のお悩み解決&自分に合った商品と出会える場所」というコンセプトの元で、サイトの一部とコンテンツ、お届け箱・袋のデザインのアップデートを行いました。
▼今回のサイトリニューアルのポイント(詳細はこちら)
湯浅 これまでのブランド主体のインタビューでは、「ロート製薬という会社に対する印象」をお客様にお聞きしたことがなかったんですね。けれど今回お聞きしてみると、もちろん強弱はありますが、全員共通で「目薬」のことをおっしゃっていて。
この「お客様からは目薬の会社のイメージが強く、目の健康を守ってくれることを期待されているのでは」と強く感じました。今回のリニューアルではそういったお声を反映して、目への優しさにはとてもこだわったデザインを作れたのではないかなと思います。
▼目にやさしいユニバーサルデザインへのアップデートも
山田 私が一番印象的だったのは、毎回インタビューの最後にお聞きしていた「あなたの健康は何点ですか?」という質問に対する回答です。
皆さん「6、7点(10点満点中)」という回答だったのですが、その理由をお聞きすると、「運動したいのにできていない」「サプリを飲み忘れてしまう」といった「自分の健康のために◯◯できない」ということをマイナスに捉えていらっしゃったんですね。
つまり、数値的には健康であったとしても、そういった「心の充実」が健康意識にとても影響するんだなと。メーカーとしては「体の健康」が最もコミットすることですが、ウェルビーイングを実現するためにも、「心のサポート」についてももっと提供できることがあるな、と感じました。
プロジェクトを通じて「仕事の進め方」や「チーム力」に変化も
湯浅 今回のリニューアルを通じて、プロジェクトに参加したメンバーの意識が変わってきたことが、ひとつ大きな成果だと思っています。
「企画ありきでやるべきことをこなす」仕事の進め方ではなく、「これは何をしたいからやるんだっけ」「このページを作ることで、お客様に何を届けたいんだっけ」といったことに、しっかりと立ち戻れるようになったと感じています。
まだ不完全ではありますが、チーム力が向上するきっかけになったのかなと。メンバーの地力が向上することでお客様にお届けするサービスの質も向上していくはずなので、これは大きな成果と言えるのではないかと思っています。
山田 私も、いま湯浅が言ってくれたことが一番重要だなと思っていて。
目に見えるアウトプットももちろん大切ですが、一番の中核はやはり人であり、その人の間にある文化だと思っていますので、その地盤を耕せたことがとても良かったですね。
湯浅 今後については、当たり前ではありますが、リニューアルしたサイト上でこれから見えてくるお客様行動から、PDCAを回していくことがとても大切になります。
例えばいまチャットをサイト上に埋め込んでいるのですが、bot的な対応で良いのか、もう少し温度感を持たせるのか…など、すべてお客様の行動を軸にして、改善を続けていきたいです。
山田 湯浅が言ったようなサイトのグロースももちろんですが、同時にもう少し先の未来を見据えたアクションも進めています。
まず、今回の取り組みは「ロートらしいベンチャーマインドで、もともとあったサイトをちょっと進化させた」ということだと思っているので、今後はもっとお客様に新しい体験をお届けするようなサービスの提供を構想しています。
また、ロートが持つ多様なソリューションをより多くの方に知っていただくためにも、私たちの考え方やチャレンジ自体を広めていくことも大切だと思っています。
特にD2Cは「共有されて、共感されて、ファンを作る」という側面があるので、SNS等でストーリーを発信していくような活動もとても重要だと捉えています。単に商品をお届けするより、その背景にある思いやプロセスを含めて知りたいお客様も増えてきていますよね。
とは言え、いきなり全部はできないので、今回のリニューアルのような小さな改善でも良いので「やってみる」ことを繰り返していかなければなりません。
大企業っぽく、大きな構想してから始めるのではなくて、まずはできることをやってみて、それを走らせながらもさらに未来を見据えて必要なものを作っていく…。とても大変なことではありますが、チームのモチベーションも高まっていますので、今後も頑張っていければと思っています。(了)