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メタバースで地域創生。大日本印刷が推進するリアルとバーチャルの融合によるまちづくりとは

時間や距離による制限のない仮想空間で新しい体験ができる「メタバース」の活用が、企業だけでなく自治体にも広がりを見せている。

とはいえ「予算が少ない」「具体的にどう活用して良いかわからない」などの理由で、メタバース導入に踏み出せない自治体が多いのも現状だ。

そこで参考事例となるのが、大日本印刷株式会社(以下、DNP)が自治体と協業して行ったプロジェクトの数々だ。

DNPは、長年培ってきた独自の「P&I」(印刷と情報:Printing & Information)技術の強みを活かして、2021年3月からXRコミュニケーション事業を開始している。

渋谷区立宮下公園のメタバース構築をはじめ、札幌市や京都市、佐賀県嬉野市などと共に、リアルとバーチャル、それぞれの価値を掛け合わせた新たなまちづくりを進めてきた。

今後ますます活用が期待されるメタバースによる地域創生。今回は、同社でXR事業を推進する山川 祐吾さんと、田頭 桃香さんにお話を伺った。

これまでに培った印刷と情報技術を活かし、メタバースに参入

山川 私は複数の事業会社でエンターテインメント、ブロックチェーン領域で新規事業開発やマーケティングに携わったのち、2020年にDNPに入社し、2021年5月よりXRコミュニケーション事業を推進する部門に所属しています。

現在はビジネス推進部のリーダーとして、自治体や地域企業に向けてDNPのXRロケーションシステム「PARALLEL SITE」を活用した、地域公認のメタバース空間構築とその空間での観光資源の発信やエコシステム形成を推進しています。

田頭 私は2019年の新卒入社時より、地域創生をテーマとした新規事業開発に従事してきました。地域団体への出向を通じて、さまざまな自治体や企業をつなぐ共創プロジェクトへ参画し、新規事業の発想から事業検証まで一貫して携わりました。現在は、メタバース空間の新機能開発やイベント企画などを担当しています。

▼山川さん(左)、田頭さん(右)

山川 DNPのXRコミュニケーション事業は、2021年3月から始まりました。ですが、DNPといえば、印刷会社というイメージですよね。なぜ印刷会社がメタバースに取り組むのか、不思議に感じる方も多いかもしれません。

DNPでは以前から、独自の「P&I(印刷と情報:Printing & Information)」技術を活かして、日本および世界の伝統工芸の保全・継承・公開に尽力してきました。

例えば、2019年には世界遺産仁和寺「金堂」を3Dデータとして計測し、8K対応の高精細なVRコンテンツを制作しました。文化財に負担をかけずに大きさを計測してデジタル化できる上、なかなか体験できない視点から文化財を鑑賞できることで話題を呼びました。

日本だけでなく、フランス国立図書館やパリ・ルーブル美術館でも高精細なアーカイブ技術は活用されており、新しい鑑賞方法を提供しています。

▼世界遺産仁和寺「金堂」を3Dデータにしたもの

また、メタバースやNFTは黎明期でもあり、個人でも作成できてしまうがゆえに未だ安心・安全面では課題があると認識しています。

その点、DNPはICカードの製造や決済サービス運用などで培った本人確認(KYC:Know Your Customer)、データ管理基盤をもとに、デジタル上のコンテンツ制作における高度なセキュリティを構築できる点が強みです。

このように、DNPがこれまで培ってきた「高精細な表現技術」と「大量の情報処理能力」を拡張する形で、XRコミュニケーション事業をスタートさせました。

3つの領域で展開する「XRコミュニケーション事業」

田頭 XRコミュニケーション事業は、年齢や性別、言語などによって分け隔てられることなく、リアルとバーチャルの双方を行き来できる新しい体験と経済圏を創出することを目的に掲げています。

具体的には、まちづくり、コンテンツ、企業のマーケティング支援、の3領域で展開しています。

まちづくり領域では、自治体をはじめ、住民・企業と共創しながらまちを創り上げていく、地域共創型XRまちづくり事業を展開しています。具体例については後ほど詳しく説明します。

コンテンツ領域では、コンテンツホルダーが持つ知的財産(IP:Intellectual Property)を活かして、生活者に新しい体験価値を提供しています。

例えば、「東京アニメセンター in DNP PLAZA SHIBUYA」は、一般社団法人日本動画協会と共同で運営し、リアルとバーチャルの融合による企画展やグッズ販売を行っています。コンテンツの世界観を再現し、キャラクターとコミュニケーションができるなど、新しい体験を求めて多くのファンが訪れています。

また、企業のマーケティング支援領域では、工場見学や展示会の開催、接客をメタバース空間で行うなど、新しいコミュニケーションによる人と情報の流れを促進しています。

一例として、サントリーホールディングス株式会社のオンラインコンテンツ「冒険型ビール工場体験“BEER iLAND”」では、コロナ禍をきっかけにリアルでの実施が難しくなった工場見学を、時間や場所を問わずいつでも体験できるよう支援しました。

お客様はお気に入りのアバターで自由に工場内を巡ることができたり、抽選でビールの特別試飲キットを獲得できたりと、バーチャルとリアルをつなぐコミュニケーションを設計することで、満足度の向上を図っています。

山川 DNPのXRコミュニケーション事業の特徴は、完全に架空のバーチャル空間をつくるのではなく、リアルの持つ価値やメリットを活かしながら、リアルとバーチャルの双方の空間を往来・結合することで体験価値を拡張していることです。

私たちは、技術の発展によってバーチャル空間にコミュニケーションの場が完全に移行するとは考えていません。工場見学の例のように、リアルにはリアルでしかできない体験がありますし、バーチャルにもバーチャルならではの体験があります。

それぞれのメリットを活かしながら、生活者にとって新しい体験を楽しんでもらうことが、メタバースの真の価値だと思いますね。

共創ができるメタバース空間で、持続可能なまちづくりへ

山川 まちづくり領域では、現実の地域や施設が持つ価値や機能を拡張させ、生活者に新しい体験価値を提供する地域共創型XRまちづくり「PARALLEL CITY(パラレルシティ)」を推進しています。

▼PARALLEL CITYの紹介ムービー

具体的には、「デジタルツイン」、つまりリアルを複製したデジタル世界を生成することで、企業や個人がいつでも、どこでも、デジタルとリアルの空間でパラレルにさまざまな取り組みを実施できるようになっています。

リアルでは一週間など一定の期間しか開催できないようなイベントも、バーチャル空間では長期スパンで実施できることもポイントです。

田頭 まちづくりにおいて、このような構想を立てているのには理由があります。DNPではこれまでも、関係人口づくりを一つの課題解決のテーマとして、自治体とともに地域創生事業に取り組んできました。

その中で見えてきた課題は、自治体とDNPだけでプロジェクトを進めるのではなく、地域の企業や団体、市民の方々を巻き込んだ運用が必要ということです。

地域の企業や地域団体、インフルエンサーなどを巻き込み、それぞれの視点を取り入れなくては、継続的に自走できるモデルをつくるのは難しいのではないかと考えています。

そこで、それぞれのステークホルダーをつなぎ、共創をするためハブの役割をDNPが担っていくことが重要だと捉えています。

山川 そこでDNPでは、自治体の関係者に限らず誰もが、いつでも簡単に、かつ安全・安心に楽しめる空間の構築に必要な機能を備えたXRロケーションシステム「PARALLEL SITE」を提供しています。

▼PARALLEL SITE活用の例

PARALLEL SITEでは、集会やお祭り、音楽ライブ、トークショーやバーチャルストアなどのイベントを開催し、一般公開することで地域内外の人を招待できます。

また、無数のイベントをパラレルに同時開催することで、これまで以上に地域に来訪される方の滞在時間を増加させ、新たな関係人口の創出に繋げることが可能です。

究極的には、地域の住民自らが仮想空間でコンテンツをつくり、それを地域内外の方々が利用する循環をつくることがゴールだと考えています。

リアルとバーチャル、それぞれの価値をかけ合わせる

山川 まちづくりの象徴的な事例には、「渋谷区立宮下公園 Powered by PARALLEL SITE」があります。これは、公共の公園がもつポテンシャルを最大限に活用することを目的に、DNPと一般社団法人 渋谷未来デザイン、渋谷区立宮下公園の指定管理者の宮下公園パートナーズが共創して、「バーチャル宮下公園」を構築したものです。

新たな文化の発信拠点として、地域の魅力を拡張する空間として、さらにはリアルでは実施できない架空のサービスの展開場所として、その可能性を追求しています。

田頭 実際に、2022年7月には宮下公園を舞台とした謎解き体験イベント「松丸亮吾のMIYASHITA MYSTERY PARK 2022 created by RIDDLER」を三井不動産と共に開催しました。

リアルとバーチャルの宮下公園の両方に「謎」が散りばめられており、両方の空間の謎を解くことで完全にクリアできます。同じつくりの自動販売機があったりなど、リアル空間との連動にこだわりましたね。リアルとバーチャルのどちらの謎解きからはじめても楽しめる企画で、多くの方にお楽しみいただきました。

山川 また、「YOU’RE THE WORLD」と冠し開催した一連のイベントのひとつであるアート展では、モデルの山本 奈衣瑠さんが名画34点を選び、独自の視点で音声解説をしていただきました。解説に合わせた説明の字幕表示や、絵の一部が拡大するなどの仕掛けも行いました。

▼「YOU’RE THE WORLD」のデモ動画

現実には一堂に集めることが困難な世界中の絵画をどこにいても堪能できたり、一個人が公共空間を一定期間ジャックして、自分が表現したい空間を創ることができるのもメタバースならではの魅力だと思います。

田頭 他にも、「京都館PLUS X」では、京都市と連携し、2018年まで東京前駅にあった情報発信拠点「京都館」を、バーチャル空間「渋谷区立宮下公園 Powered by PARALLEL SITE」の技術を活用する形で生み出しました。京都市で開催されるさまざまなイベントと連動して、観光資源などの京都の魅力を体験できます。

生活者同士の交流も盛んに行われており、2022年7月には、バーチャル空間で京都市職員から学んだことをもとに、渋谷区の子どもたちが京都をイメージして描いたピクセルアートを展示しました。

▼ピクセルアートを作成する子供(右)、「京都館PLUS X」で展示が行われた際の様子(左)

山川 京都市の事例は、既存のバーチャル空間を活用したことで予算を抑えられたことも自治体にとっては大きなメリットでした。自治体によっては、メタバース空間を構築したいけれど、初期に大きな投資をするのが難しいというお声もあります。その場合、既存の空間を活用することで安価で構築期間も短く展開することができるのが魅力です。

最近最も反響があった事例は、佐賀県嬉野市ですね。嬉野市は「嬉野温泉」などの観光資源に恵まれる一方、少子高齢化や交流人口の減少などの課題を抱えています。

そこで、2022年の西九州新幹線開業に合わせてまちづくりの起爆剤になればと、嬉野市、日本工営、ケー・シー・エスと連携してバーチャル空間「デジタルモール嬉野」を構築しました。

▼「デジタルモール嬉野」の様子

デジタルモール嬉野は、アバターを用いて自由に訪問・体験でき、嬉野市に関する観光情報の収集や、出店する店舗で名産品の購入などができます。さらには、メタバース内に複数設置されているコインをリアル店舗で利用できるような仕組みも作りました。

今後もオンラインイベントやライブコマースを実施するなど、「旅マエ・旅ナカ・旅アト」のどの段階でも体験価値を提供できる空間として活用していきたいですね。

観光に限らず、「日常」の中にバーチャル空間を

山川 メタバースを活用したいとDNPに相談される自治体は、大きく2つのパターンがあります。

1つ目は、観光資源のある地域。観光資源をバーチャル空間で魅力的に紹介することで、将来的にリアルの来訪を促進する目的です。

例えば将来的に自動翻訳機能などを備えれば、外国にお住まいの方とも時間や距離、言語の壁を取り除いたコミュニケーションが可能です。実際に、サブカルチャーの魅力を発信している「バーチャル秋葉原」は多くの海外の利用者に親しまれています。

コロナ禍で対面でのコミュニケーションが難しくなった中、観光業は伸び悩んでいます。バーチャルならではの体験を通じて、リアルへの来訪を喚起することが、観光需要の促進にも役立つと考えています。

2つ目は、メタバースに限らず、さまざまな先端技術を使いながらDX化を図ろうとしている地域です。このような地域では、子どもの学習機会を創出するなど、地域の方々に活用していただける可能性もあります。

実際、自治体の方からは「地域の人にもっと使ってほしい」というお声もありますね。そのため、バーチャル空間へのアクセスハードルを下げるべく、特別なデバイスやアプリではなく、手持ちのパソコンやスマーとフォンでURLさえクリックすれば利用できるような工夫も行っています。

「渋谷区立宮下公園 Powered by PARALLEL SITE」でアート展などを開催したように、自治体や企業ではなく、生活者の一人としてクリエイターがメタバースを活用した地域もあります。リアルでは、個人が公共施設を貸し切ることは容易ではありませんが、それを簡単に実現できるのがメタバースの魅力です。

また、札幌市北3条広場をもとにつくられた、札幌市公認の仮想空間「PARALLEL SAPPORO KITA3JO」では、利用者はアバターを用いて24時間365日自由に散策できます。同時に参加しているユーザー同士で音声による会話をしたり、この空間上で撮影した写真や動画をSNSにアップして楽しむこともできます。

▼PARALLEL SAPPORO KITA3JO 空間デモ動画

時間や距離、言語の壁がない未来へ

田頭 一方で、現時点ではメタバースを用いて何かしてみたいけれども、どう活用して良いか分からないというお声も多いですね。また、独自のメタバース空間を構築したいという声もありながら予算との兼ね合いもあり、使っていただくハードルが高いケースもあると思います。

しかし、将来的にはバーチャル空間が当たり前に使われる未来がくると確信しています。私たちが制作するだけではなくて、地域の方々がコンテンツを作って公開し、地域内外の方が利用する場所になったら理想的ですね。

そのためには、「メタバース空間を活用する必然性」を持ちながら、観光目的に限らず地域の方々にも使っていただけるように住民の方々の納得感も大切にしていきたいです。

山川 メタバースは今、ニュースでもたくさん報道されており、一種のブームとなっています。しかし一過性で終わってしまえば、自治体にとって無駄な投資になりかねません。

それを防ぐために必要なのは、地域住民の方々が来てくださるコンテンツを継続的に提供し続けることです。その点が一番難しい課題でもありますね。地元の企業や会員基盤のある企業と共創しながら作り上げていくことが大事だと思います。

DNPとしては2025年までに、自治体、そして地域のパートナー企業と共創しながら、日本各地の街や施設のメタバース空間を30拠点開発したいと考えています。

これらの成果の末に、時間や距離、言語の壁を感じずに、世界の人々が安全・安心にコミュニケーションを拡大し、知を交換・継承できる未来があると考えています。今後も企業や自治体と並走しながら、メタバースの普及や発展に取り組んでいきたいです。(了)

ライター:林 春花
企画・取材・編集:吉井 萌里(SELECK編集部)

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