- 株式会社ホットリンク
- 執行役員 経営企画担当
- 大野 俊太郎
「投稿作成bot」で作業時間40%削減!ホットリンク社のSNS運用における生成AI活用術
多くの企業が、生成AIを活用した業務の効率化・自動化に取り組み始めている。
カスタマーサポートの問い合わせ対応や、プログラミングのコード生成、レポート作成、アイデアの立案など、生成AIをうまく取り入れることで、人間がより創造的で生産性の高い仕事に注力できるようになる。
ソーシャルメディアマーケティング支援を主軸に事業を展開する株式会社ホットリンクは、2024年4月から、本格的に社内業務における生成AIツールの活用を推進。
SNS運用代行の文脈では独自の「投稿作成bot」を作成し、投稿の際にテキストを作成する作業時間を40%削減することに成功した。また、マーケティング部ではAIツールの利用で、オウンドメディア用コンテンツの執筆工数が70%の削減につながったという。
今回は、同社が「AIドリブンカンパニー」を目指すために行った社内の意思決定やルールメイキング、生成AIを活用するマインドセットの醸成について、執行役員 経営企画担当の大野 俊太郎さんに話を聞いた。
生成AIの波に乗り、先行者利益を狙うために社内のAI活用を推進
私は前職のインターネット広告代理店で、企業のSNSマーケティング支援を担当していました。ホットリンクには2019年に入社して、SNSコンサルティングを通してお客様と向き合ってきました。
今年から執行役員 経営企画担当になり、「AIを社内で積極的に活用していく」という会社方針のもと、AI活用推進の体制を整えていく旗振り役として従事しています。
▼株式会社ホットリンク 執行役員 経営企画担当 大野 俊太郎さん
2022年末にChatGPTが登場し、社会的にもAIは一躍注目を集めたわけですが、元々ホットリンクではソーシャルメディアのデータを集め、それを分析するツールを提供していたこともあり、以前からAI研究には注力していました。
当時は、ソーシャルメディアのテキスト解析を自然言語処理で行っていたのですが、やはり日本語特有の処理の難しさを感じていたんですね。
それが、ChatGPTの登場で大きく風向きが変わると確信しました。もちろん、業務効率化という観点もありましたが、マクロで見るとChatGPTは社会構造を全て変えてしまうインパクトを持っていると感じたのです。
「生成AIの波に乗らないと遅れをとってしまう」という危機感を抱いたのと同時に、先行者利益を取りにいくためには、躊躇なく積極的にChatGPTを導入していくべきだと考えるようになりました。
特に、ソーシャルメディアのマーケティング支援をする上ではテキストなどのコンテンツの作成やXなどに投稿されたデータの分析作業も多いため、どうしても業務工数が増加しがちになります。
このような業界だからこそ、我々の会社も生成AIの活用を前向きに検討していくという機運が高まっていったのです。
経営層が先導して全社へ共有する「AIの将来性」
弊社では、2023年4月からChatGPTの導入を段階的に開始していきました。この時点でChatGPTの有料の個人プランを全社員に付与していたのですが、ChatGPTを使う際の著作権やハルシネーション(嘘回答)といったリスクを鑑みて、会社としては業務で使うというより生成AIの動向やツールの特徴を研究していたフェーズになります。
そんななか、我々の知見も少しずつ集まってきたのに加えて、生成AIツールの性能が向上し、日本の大企業も続々と導入を発表するなど、社会的な「期待感」や「注目度」が高まってきました。
当初は「生成AIのリスクは何になるのか」も曖昧でしたが、色々と生成AIの情報を収集していくうちに、「ここはリスクと捉える」という線引きも明確になってきたんですね。
さらに、法人利用に適したChatGPTのTeamプランもリリースされたことで、セキュリティ的にも安心感が高まりました。
こうした変化が後押しになり、しっかりと生成AIの利用ルールや方針を策定していけば、業務効率化や成果の最大化のための社内浸透を実現できると考え、2024年4月から本格的に全社でChatGPT導入に向けた取り組みを加速させることになりました。
ここで重要になってくるのは「生成AIを活用することで、どういう方向性で会社が進んでいくのか」ということを、社員全員に認識してもらうことでした。
生成AIを推進していく上での大きな枠組みを、経営側から全社へメッセージしていき、社員に浸透させていくことが大切だと考えています。
ホットリンクでは3ヶ月ごとに全社会議を開催しており、そのタイミングで執行役員や経営層が、全社に向けてAIの将来性や可能性を語ることを何度も繰り返したのです。そうした地道な啓蒙をしていくことで、社員に対してAIを推進する意義を伝えていきました。
こうした取り組みが功を奏し、ChatGPTを本格導入した3ヶ月後の2024年7月には、「週に5日以上」AIを利用する社員の割合が19.5%から35.8%に、「週に3~4回」AIを利用する社員の割合が27.1%から35.8%へと上昇しました。
▼同社プレスリリース(2024年9月26日公開)より
さらに、本格導入から半年後となる2024年10月には、「毎日(週に5回以上)」の割合は44.1%で、本格導入直後の2024年4月調査時より24.6%上昇しました。また、「週に3~4回」の割合は37.8%で、4月調査時より10.7%上昇しました。
▼同社プレスリリース(2024年10月30日公開)より
リスクをゼロにできないからこそ「鉄の掟」は作らない
具体的なChatGPTの活用法は、膨大なデータの効率的な処理や、SNS発信におけるテキストの作成といった業務です。
その一方で、資料やレポートの作成など、ビジュアルやデザインを綺麗に整えた上でクライアントへ提出するような業務に関しては、人の手で時間をかけて作っています。
私自身もNapkin AIで図やグラフを作っていますが、お客様に提供している報告資料は厳格にフォーマットが決まっているので、生成AIで全てをまかなうのは現時点で難しいと言えます。
そこに対しては、実際に使ってPDCAを回していくよりも、技術の革新を待ってからチャレンジするのでもいいと判断しています。
また、セキュリティポリシーや利用ガイドラインを制定する際に心がけたのは、我々がSNSマーケティング支援をしていくなかで、「何が一番大きなリスクになるのか」を洗い出すことでした。
ですが、「リスクをなくすこと」に固執してルールを厳格にしすぎても、結局のところ何もできなくなってしまいます。そこで我々がChatGPTを本格導入するタイミングでは、実利用を前提に「最も避けたいリスクは何か」を始めに設定しました。
そしてもうひとつ意識したのは「鉄の掟」作らないことでした。絶対的なポリシーを定めてしまうと、これだけ変化の激しいAI領域の流れについていくのが難しくなってしまいます。
このように「AIの利用にあたっては一定の柔軟性を持たせる」という考えのもと、セキュリティポリシーや利用ガイドラインをブラッシュアップしていったのです。
常に新しいものが出てくるからこそ、ポリシーを柔軟に運用できる枠組みやチーム体制の構築が不可欠と言えます。AIのトレンドは基本的に変化していくものというのを前提にアップデートしていき、柔軟にアジャストしていくべきだと考えています。
現在はデータ元を繋ぎ込むAPIでカスタマイズするChatGPTではなく、通常バージョンのChatGPTを使っていますが、その活用のみにこだわらず柔軟に対応していこうと思っていますね。
▼同社におけるAI活用推進体制
現状としては、ChatGPTを全社導入した上で、組織単位で最適なツールを追加で使っています。例えば、マーケティング部は自社の記事作成時にClaudeを使ったりと、個別最適で限定的な利用を行っていますね。
SNS運用における「生成AI活用術」で業務効率化を実現
ここからはSNS運用における「生成AI活用術」についてお伝えしていきます。
ホットリンクでは、各社員が創意工夫しながら「AIを能動的に活用する」ことに励んでいます。今回はそのなかでも、特に業務効率化の成果につながった事例を紹介します。
まずは、SNSへ投稿された4,500件のUGC(ユーザー生成コンテンツ)から特定のワードを抽出し、個数を数える作業を生成AIで実施したところ、作業時間を4分の1に削減できた事例です。
我々はSNSマーケティングの支援を手がける上で、ユーザーの口コミや投稿などのUGCをとても重要視しています。今までもUGCの分析は日常的に行っていて、データを集めてくること自体は社内で自動化できていました。
しかし、口コミや投稿における特定のキーワードを抽出し、分類していくのは人間の手作業でやらなくてはなりませんでした。
こうしたなか、生成AIのプロンプトで指示出しすることで、「人間が手順を踏んでやっている作業を自動化できるのでは」と考えました。
そこで、UGCの中に含まれる県名や地名を抜き出して、地名ごとにカテゴライズしていく作業を生成AIで効率化できるか検証を始めたんですね。
最初は「テキストの中から地名を抜き出して教えてください」という形で、プロンプトを作成してみましたが、うまくいきませんでした。
そこで、「人間が無意識で処理しているステップも全て言語化する」ことを意識してプロンプトを書くと、想定以上のアウトプットが生まれ、大幅な作業時間の短縮につながりました。
「エクセルデータのこの部分に〇〇のデータが入っています。その中には具体的な地名や県名の情報が入っているので、それらを抜き出して隣の列に入力してください」といった形で、実際に処理する手順を細かくプロンプトに落とし込むことがポイントでしたね。
次は、SNS投稿のカテゴリー分けで作業効率が向上した事例です。
SNSアカウントを運用していると「反応が良い投稿」と「反応が悪い投稿」があります。これは投稿のテクニックの話ではなく、どういう内容を発信しているかによってエンゲージメントの結果が異なってくるんですね。
ただ、その反応を分析していくときに、単に数字の良し悪しだけを見ると結果論の判断になってしまいます。そうではなく、最初にどういう目的や趣旨でカテゴリー分けしたのかを洗い出さなくてはなりません。
その際に、人間がひとつずつSNSに投稿されている文章を見て、カテゴリーを割り振っていく作業が発生します。
これも、先述した人間が行っている作業手順を言語化し、「SNSに投稿されている文章を読み込んで、 適切なカテゴリーを分けてください」とプロンプトを作成したところ、文章内容を読み取り、文脈に沿ったアウトプットにつながりました。
飲食店を例に挙げると、ステーキ関連の投稿とどんぶり関係の投稿の効果を比べる場合、必ずしも投稿内容に特定のキーワードが含まれていないので、基本的には目検で分けなくてはなりません。
そのあたりも生成AIが精度高くカテゴリー分けしてくれたことで、人間は分類された投稿のパフォーマンスを分析するという、役割分担がうまくできるようになったと言えます。
「スキルアップ」と「レベルアップ」両面のリスキリングが必要
とはいえ、企業によってSNSでの発信内容やブランディング起点による見せ方などが大きく異なります。そうした状況にアジャストしていくには「アカウントごとにカスタムGPTを作ること」が最適解になると考えています。
あらかじめ投稿のトンマナや商品データベースなどを生成AIに読み込ませておき、それに沿って投稿文を作成する流れになっていくでしょう。
ホットリンクでは、今年の2、3月ぐらいからGPTをカスタマイズしていく取り組みを始めています。社内では「投稿作成bot」と呼んでいます。今はまだ特定のアカウントで有用性を確かめている段階ではあるものの、一定の水準は超えていて使えると判断したこともあり、これから横展開していこうと考えているところです。
SNSに投稿する文章作成の時間を短縮できるのに加えて、長年にわたってソーシャルメディアの支援をやってきたからこそ、「そもそも何がいい投稿なのか」という評価軸を持っていることが強みになっています。ある程度の実績が出てくれば、どの業界にも応用していけると思っています。
生成AIを導入する際の心構えで重要なのは、「1回のチャレンジで諦めない」ということですね。最低でも5回は生成AIとやり取りする認識を持った方がいいでしょう。
人間同士でコミュニケーションするときも、お互い認識合わせをするために何度もやり取りするように、自分が作成したプロンプトを磨いていく必要があるわけです。
そういう意味では、生成AIを使う人間は「リスキリング」のように、既存の業務構造や考え方を前提としない成長が重要になっていくでしょう。
今後さらに、生成AIが生活に入り込んでくるなかで、何かを意思決定するときに「AIを定数にして業務構造を変数にする」という発想の転換が求められると考えています。
人間が今までやってきた構造にAIを合わせていくよりも、抜本的に業務の仕方を変え、組織や業務の構造を変革していく。
こうすることで、最終的にはお客様への価値の最大化につながるでしょう。我々は、生成AIの浸透率や導入率が業務フローにも組み込まれている状態を作り、業界をリードしていける存在になっていきたいと考えています。(了)
取材・ライター:古田島 大介
企画・編集:舟迫 鈴(SELECK編集部)