• (株)リクルートマーケティングパートナーズ
  • ネットビジネス本部戦略企画G マネジャー
  • 中村 駿介(在籍企業・役職は取材時)

【後編】「僕たちは変わる」IT化するリクルートで、オフィスが伝える新しい組織の形

今回のソリューション:【ドラフト】

株式会社リクルートマーケティングパートナーズは、2012年に株式会社リクルートが分社化する中で設立された企業だ。設立当時より「ゼクシィ」「リクナビ進学」「カーセンサー」等、ライフイベント領域におけるBtoCのWebサービスを展開してきた。近年では「受験サプリ」をはじめとしたオンライン教育事業に注力している。

そんな同社の前身であった「ネットビジネス本部」の立ち上げ提案を行い、組織づくりのリーダーを務めたのは、2006年にリクルートに新卒入社後、現在はリクルートホールディングスIT人材開発部に所属する中村 駿介さん。

2名での立ち上げから僅か2年半で、組織は開発パートナーを含め500名を超える大所帯へと成長を遂げた。

実はネットビジネス本部の母体は、元々リクルートの中でも「最もIT化していない」事業部だった。

その事業部を全く新しい組織に生まれ変わらせるため、中村さんの起案に盛り込まれていたのが「新しい価値観と行動習慣を作るための新オフィスの構築」だ。

その想いを実現するため、共に新オフィスを創り上げたパートナーが、空間デザインを手掛ける株式会社ドラフトだ。

前後編の後編である今回は、オフィスの各所に渡る様々なこだわりとその目的、そしてその背景にある価値観について、中村さんにお伺いした。

※ネットビジネス開発を担う新組織が生まれた背景と、その組織の「容れ物」であるオフィスで表現したかったことについてお伺いした前編はこちらです。

「変わる」ことを伝えるオフィスを目指してデザイン会社を選定

元々、僕自身は「ネットビジネス本部」という組織の立ち上げをリーダーとして担ってきました。

それをボードメンバーに最初に提案した時点から、「新しい価値観と行動習慣を作るために、オフィスも新設するべきだ」という内容を盛り込んでいたんです。

2012年10月の分社から1年ほどで組織の人数がどんどん増えてきたこともあり、500名程度を収容できる場所を探そうということでオフィス新設のプロジェクトが動き始めました。

このオフィスに入居したのは2014年の4月ですが、その半年ほど前に合計6社さんで2回のデザインコンペを開催させていただきました。

その際に各デザイン会社さんにお伝えしたのは、リクルートが潮目としてIT化を迎えているということを踏まえ、ゼロから新しい組織を創り出すことを意図した仕事をしたいということです。

そしてオフィスに関してはその背景をもう一段階ブレイクダウンして、社員の新しい働き方に繋がっていくような空間を作りたい、というお話をさせていただきました。

また「カスタマーファースト」を本気で掲げるということを、オフィスの機能として反映したいということも伝えました。

当時は新規事業として「受験サプリ」のようなユーザーに直接課金を行うサービスを展開し始めるタイミングでした。

これまで50年間、クライアント企業様からお金を頂く商売をしてきた会社が、大きな変化へ向けて動き出した時だったんです。その変化をしっかりと伝えて実現する機能を、オフィスに持たせたいと考えていました。

「自分たちがやりたいこと」を形にするだけでは価値がない

コンペでは様々なアウトプットを見せていただきました。座席を完全なフリーアドレスにしましょうとか、壁を全部ガラスにしましょうなど、それぞれにこちらの想いをくみ取っていただいた提案でした。

その中で最終的に、一緒にオフィスを創らせていただくことになったのがドラフトさんです。選ばせていただいた理由をざっくり言うと、こちらの意図を汲み取りながらも、更に「もう一段上」のアウトプットを出すというスタンスが一番強く感じられたことです。

これは僕自身が誰と仕事をする上でも大切にしていることですが、やらなければいけないこと・やりたいことをただ形にするだけでは足りなくて。夢中になれる共通の目的に向かって、それぞれが得意技を持ち寄ってベストを尽くし合う。その結果として、当初は想像もできなかった高いアウトプットが実現できる。

そして何より、自分も含めて関わった全員が成長できる。そんな風でありたいと思っています。そういった仕事に対する考え方の部分で、最も共感できたのが、ドラフトさんだったんですね。

「空間的接続」の実現のため、ビル側とも交渉

ドラフトさんと最終契約させていただいてから施工を含め、オフィスづくりは約3ヵ月間に渡りました。本当に、心の底から楽しかったです。それまでの仕事人生で一番楽しい時間でした(笑)。ドラフトさんも、本気でやってくださったと感じています。

例えば、弊社は7階と8階に分かれているのですが、その空間的接続を大事するために2フロア間の非常階段もフロアと同じ木の床に変えて欲しい、とビル側と事前交渉した上で、コンペの時に提案してくださっていました。

1つひとつはちょっとしたことなのですが、そういった細部まで提案ができるところは優れたスタンスの表れだと感じました。僕にとっては、誰と仕事をさせていただきたいかという基準になるんですよね。

▼共用スペースである非常階段の床にもオリジナリティーを(グレー部分が通常の床材)

オープンな会議スペースで、新しいコラボレーションが発生

このオフィスは1つひとつの空間に非常にこだわっていて、様々な意図を反映させています。まずはオープン会議エリアですが、ここは予約を取らずに会議ができるスペースです。

弊社は元々、閉じた会議室を好む人が多かったんです。もちろん機密性の高い話は個室で行うべきですが、オープンにすることのメリットの方が大きいと判断して意図的に閉じた会議室の数を減らしました。

また、このスペースは人の空間的な認識や仕事をする時の姿勢を全部計算した上で、様々な高さの、色々なスタイルの家具を置いています。やはりソファで向かい合ってするミーティングと、デスクで話し合う場合では当然ながら話す内容が変わります。

また、座っている時の膝と座面の高さの差で「ラフさ」が決まるので、それが適度にばらけるようにしているんです。

▼オープン会議スペースには敢えて様々な高さの椅子を設置

この場所は会議スペースでもありますが、講演もできるようになっています。大学の講堂をイメージした30cm ✕ 3段の設計で、話す人が最下段から話すことで、上段の聴衆の目線が下に集まって「聞いてくれている感」が出やすい構造なんです。

30cmというのもこだわりで、段差に人が座れる高さを意識しています。更に、普通に会議をしている時でも、他の段で話している人とは喋る口の高さが違うので、同じ段にいる人同士でプライベート感が出るんです。たった30cm高さが違うだけで、全然違う空間になるんですよ。ここもドラフトさんと一緒に考えさせてもらいました。

▼30cm ✕ 3段の構造は、各段で床材を変え空間にリズムを出すこだわりも

このオープンな場所を設けたことでミーティングが変わりましたね。これまでは机で1人で考えていたことも、とりあえず一緒にブレストしようよ、と。

そしてこの場所に刺激されて、社外のメンバーを呼んで講演や勉強会を行うといった、自発的な提案もどんどん出てくるようになりました。社内メンバー同士でも、社外の方とも、コラボレーションする機会が非常に増えましたね。

新しいアイデアを生む、コミュニケーションスペースと集中ゾーン

よりオープンなコミュニケーションスペースとして、廊下も活用しています。これもドラフトさんがビル側と交渉してくださったのですが、オフィスの壁際をぐるっと囲んでいた空調機械の上に特注のクッション材を置いて、ソファにしたんです。ちょうど腰掛けられる高さだったんですよね。

▼空調機械の上に特注のクッションを設置し、廊下を会議スペースとして利用

いざ座ってみると、壁との距離感が絶妙で「ここで会議ができるね」という話になって。それで廊下の壁一面をホワイトボードにして、廊下を会議室として活用することにしました。

すると、廊下の端から端まで一度も消すことなくユーザー行動のストーリーラインをずらーっと書き続けるチームが現れたり。そして元々は廊下なので、人が通りかかることで偶発的な出会いやコミュニケーションが発生するんですね。新しいアイデアを生み出すきっかけになっているのかなと思います。

▼「廊下」の形状を活かして横長のホワイトボードを壁一面に設置

また、集中スペースも設けているのですが、執務スペースを見下ろすような設計にしています。これは、普段自分たちが働いている空間を上から俯瞰してみることで視点が変わるのではないか、ということを意図しています。

▼執務スペースを見下ろす設計の「集中スペース」

それぞれの目的に合わせてこだわり抜いたクローズドの会議室

クローズドの会議室も、社内用と来客用に分けて設置しています。社内向けにはできるだけ「閉じた会議室」の弊害はなくしたかったのですが、必要性もあるので解決策を考えました。

例えばエンジニアが主に使うことを想定して作った会議室があるのですが、そもそも「エンジニア」という職種の方自体が、組織として初めてお迎えする人たちだったんですね。

そこで、彼らが話している時の熱気が外からも見えるようにしようと考えて、執務スペース側の壁を一部ガラスにし、そちらに向けてホワイトボードを設置したんです。

こうすることで、会議室内のエンジニアがホワイトボードに向かって色々と書き込んだり、意見をし合っている様子が部屋の外にいるメンバーにも見えるようになります。人が話す向きまでを考えた上で、設備を配置しています。

▼敢えてホワイトボードの向こう側に執務スペースが見える設計にした社内会議室

来客用の会議室に関してこだわっているのは家具です。目黒のCOMPLEX UNIVERSAL FURNITURE SUPPLYという素晴らしい家具屋さんをドラフトさんにご紹介いただいて、一緒に行って1つひとつ選びました。

「僕たちは変わる」ということを伝えるために、オフィスにはサプライズの要素を入れたかったのですが、そのために域値を超える投資をどこにするのかということを最初に考えたんですね。

そこで国内外の様々なクリエイティブオフィスを見学させていただいたのですが、特に国内のオフィスからは「テーマパーク」のような雰囲気を感じることがありました。そして、その理由はファブリックだと思ったんです。

テクスチャーの差が人の空間への印象を大きく左右しているのではないかと考え、来客用会議室に限らずソファなどの家具は1つひとつ素材からしっかり選びました。

▼来客用会議室には、部屋毎にこだわりの家具を設置

また、オフィスであってオフィスでないような空間を演出したいという気持ちがあって、壁の色も欧米の家で使われているようなものを、5万色の中から1部屋ずつ選んだり(笑)。

日本ではあまり使われないくすんだグレーや紫を取り入れたり、本当に細かい部分までドラフトさんと一緒に作り込んでいったんです。

「ユーザーファースト」を体現する機能を持ったスペースも

また、組織として「ユーザーファースト」を第一に掲げることを体現するものとして「ユーザーリサーチルーム」を新設しています。お客様と話をするためのインタビュールームが別にあるのですが、そちらにはアイトラッキングシステムという、ユーザーの目線の動きを追うシステムなども導入しています。

その部屋で行われるインタビューをリアルタイム、もしくは録画で見ることができるのがこの部屋です。

3面がホワイトボードになっているので、映像を見ながらその場で気が付いたことをどんどん書き込み、付箋にも書いて貼っていきます。

その内容をチームメンバーで見ながら、自分たちのプロダクトについて考えたり、ユーザーの発言の意味を探ったり。利用頻度はかなり高いですよ。

▼「ユーザーファースト」を実現するためのユーザーリサーチルーム

この部屋は、組織が大切にしていきたい価値観をメンバーに伝えると共に、具体的な機能を提供することで新しい行動習慣を生み出していく場所です。新たな組織の創造に、オフィスが寄与できることが詰まっている空間だと思います。

「新しいもの」を生み出す個人の可能性を尊重する組織を

僕はリクルートの中に「新しい組織」を生み出すという出発点から、このオフィスをつくりました。そもそも「組織って何か?」と考えた時に、それを形作る要素は3つに分かれるなと。

まずは「何を成果として捉えるか」という目的やビジョンと言える部分、次に「どのように成果を生み出すのか」というプロセス、そして最後にそこにいる人が「どんな気持ちやスタンスで成果を出すことに向かっていくのか」という価値観や行動指針です。

これらすべてに対して、望ましい影響を与えられるオフィスを構築したいと思っていました。そして、メンバーの日々の働き方や習慣をアフォードできるようなオフィスの構造や機能を考えて、1つひとつ実現していった結果、このオフィスが生まれたんです。

今後は、急速にワークスタイルの変革が進む中で、わざわざ「オフィスに出社する」ことの価値をもう1段引き上げることが必要だと思います。特にエンジニアやデザイナーは業務的にリモートワークでも十分事足りてしまうことも多い中で、遠くから出社する意味を改めて考える必要があるかと。

僕は、オフィスを徹底的に「チームの知見を蓄積して共有する場所」に変えていくことがひとつの答えかなと思っています。同じ目的を持ったメンバーが別々の場所で得た知見を元にオフィスで議論を行い、その課程が各チームの専有スペースの壁にびっしり書き込まれているようなイメージです。

ちょうど過去の研究の結果が蓄積されていて、それを基に未来の技術を創造していく大学の研究室のようなものでしょうか。IT化が進む世界の中で「物理的な場所」が果たす役割を、今後も思考錯誤しながら探求し続けていきたいと思っています。(了)

※ネットビジネス開発を担う新組織が生まれた背景と、その組織の「容れ物」であるオフィスで表現したかったことについてお伺いした前編はこちらです。

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