• 株式会社翔泳社
  • MarkeZine編集部 編集長
  • 押久保 剛

「MarkeZine」10年の歴史。Webをベースにリアルへと展開する、その戦略とは

〜リリースから10年。Webメディアから始まり、さまざまなリアルイベントも展開する「MarkeZine」。その歴史と、新たな取り組み〜

株式会社翔泳社の運営する「MarkeZine(マーケジン)」。マーケター向けメディアとして、不動の地位を確立するWebメディアだ。

月間約100万PV、会員数約20万人(2016年11月現在)にも上る同メディアは、今まで「MarkeZine Day」というセミナーや、「MarkeZine Academy」という講座などのリアルな場も活用し、いくつものコンテンツを展開してきた。そして2016年には、新たに定期誌「MarkeZine」も刊行した。

今回は、3代目編集長を務める押久保 剛さんに、これまでの軌跡から、MarkeZineでの編集者の役割、定期誌の刊行に至る背景まで、詳しく伺った。

10年の歴史を持つ「MarkeZine」の3代目編集長

僕は翔泳社に2002年に入社後、広告営業や書籍の編集、制作を経て、2006年の立ち上げから「MarkeZine」に携わっています。MarkeZineでは企画・運営の全般を担当し、2011年4月から3代目の編集長となりました。

MarkeZineは、Webメディアに留まらず、2016年に定期誌を刊行したのですが、そのような展開も含めてすべて運とご縁だったと思うんです。よくメンバーにも言うのですが、メディア運営は一人でできるものではなく、社外、社内、様々な方の協力の上に成り立っています。

僕自身、インターネット大好き!といったタイプではないので(笑)。翔泳社に入社してからも、Webメディアに関わるとは全く思っていなかったですね。

MarkeZine編集長 押久保さん

ただ、広告営業から書籍編集に異動した際に、デジタルマーケティング関係の本の制作に関わる機会があり、制作過程で原稿を読む中で、デジタルマーケティングは海外ではすごく伸びている領域だということを知ったんです。

実際、電通が発表する日本の広告費を見ても、2004年から2005年にかけて、インターネット広告の市場は1,800億から2,800億に急伸していました。

ちょうどそのタイミングと重なるように、社内でMarkeZineを立ち上げるという話が出て、現場の編集者を探しているという話を聞き、手を挙げたところ会社から機会をいただけて今に至っています。

「何もわからない」状態からの立ち上げ。その歴史とは

MarkeZineは、今では月間約100万PV、会員数約20万人のメディアに成長していますが、最初は何もわからない状況で手探りのままスタートしました。

書籍であれば、出版すると自動的に書店に並びます。ですが、Webではサイトを作っただけでは誰にも見てもらえず、油断すると無人島のようになってしまいます。読者が必要なタイミングでMarkeZineを見に来るように、読者にとって必要な情報でなければならないと、サイトを公開した時に感じました。

そんな時、リクルートの人から、「リボン図」の話を聞く機会があって。僕らがデジタルマーケターと、デジタルマーケターにサービスを提供したいクライアントをマッチングさせるリボン図の結び目になればいいのではないかと考え、どういう立ち位置を目指すのがよいのか、なんとなくイメージができました。

▼リボン図のイメージ

しかし、イメージはできたものの、試行錯誤の状況は続きました。ニュース系のコンテンツ作成は社内でヘルプがありましたが、記事更新、メール作成、タイアップ、イベントの講師企画、外部サイトとのアライアンスなどの現場仕事は、ほぼ1人で回していたので、2008年くらいまでは目の前の業務で手一杯な状態でした。

KPIという言葉を意識し始めたのは、2009年にウェブ解析サービスを提供していた会社の海外のイベントに招待され、データ分析への取り組みを聞いたことがきっかけです。そこから、UUやページビューなどの定点モニタリングの大切さに気づきました。

そして、次第にページビュー数を追うよりも、「会員数」の方が優先度が高いのではと思い始めたんです。というのも、当時の売り上げを見てみると、リード獲得を求めているクライアントがほとんどで、そのリードを獲得するための主な手段が会員へのメールだったんです。

メルマガの会員が増えると、特定の記事をプッシュしたり、セミナーの告知ができたりと、ユーザーと直接コンタクトができるようになるという効果もあります。そうして、2011年ごろからは、会員数をKPIの1つに置いています。

シンプルに「登録したい」と思うユーザーをターゲットに

MarkeZineでは、会員化のためのマーケティングコストはかけておらず、基本的にはオーガニックに流入してきた人に「記事を読みたかったら会員になってください」と促しているだけです。

会員数を増やすためには、シンプルに、「登録したい」と思ってもらえる事が重要だと思います。

よくファッション誌には、豪華な付録が付いているじゃないですか。発想としては面白いのですが、行き過ぎると本当の意味でのユーザーは付かないのではないかとも感じていました。付録というインセンティブが欲しくて買っているわけですから。

だからMarkeZineでも、自分自身で自分たちのプロダクトの価値を下げてしまわないように、基本は「読みたかったら会員になってね」というトレードオフで、それに価値を感じていただけるよう、努力をしています。

データからは未来は読めない。企画は編集部の直感から生まれる

MarkeZineには大きく分けると、ライターさんに書いてもらったり、編集部で取材した「記事」と、プレスリリースや会見を元にした「ニュース」という、2種類のコンテンツがあります。

記事で取り扱う企画は、毎月コンテンツの振り返り会議を実施し、ページビュー、シェア数、記事経由の会員獲得数、CPA(原稿料÷会員獲得数)などを指標として、各担当編集のコンテンツを通信簿のように評価しています。大体の中央値があるので、それより良いのか、悪いのかといった程度の評価ですが。

このように定量的に数字で評価することもやってはいますが、最終的には編集者の「観察力」が、企画の良し悪しを分けるポイントだと私は思っています。

どういう企画が、読者の抱えている問題を解決できるのか、読者の気付きになり、行動を促せるのか。データから判断しようとしても、データは過去のことしか教えてくれません。「こういうものが流行りそう」というのは、データからだけではわからないと感じます。

観察力を身につけるためには、人に多く会うことが重要だと思っています。性別、年齢、会社、役職、立場、国籍などなど、バックグラウンドが違う方々に会いお話を伺うことで、自分の頭の中の引き出しも増えていきます。

僕自身も、いろいろな方にお会いする機会があるのですが、時間が許す限りはとにかく会って、情報のシャワーを浴び続けるようにしています。自分の頭の中に無いことは、他人の頭の中にある。

だから10人のお知恵を拝借できるのか、1,000人のお知恵を拝借できるのかで、アイディアの量はもちろん、アウトプットの質もまったく変わってくると考えてます。ほんと、耳学問なタイプなんです。

Webからリアルへ。10年目の節目に定期誌を刊行

立ち上げから10年、今ではWebで展開しているMarkeZineの上に、様々なプロダクトが乗っかっています。「MarkeZine Day」というセミナー、「MarkeZine Academy」という講座などです。

そして、2016年には副編集長の安成が起案し、事業承認を経て定期誌の刊行を開始しました。

右:MarkeZine副編集長 安成さん

雑誌はスポンサー収入と読者収入の、二輪型のビジネスモデルです。ですが、Webになると世の中のほとんどのメディアが、広告費だけで収益を上げているのではないでしょうか。でも、それだと市況に左右されやすいですよね。

MarkeZineはWebから始まったメディアですが、雑誌のようなビジネスモデルを実現したかったんです。一輪車よりも、二輪車の方が安定して走れるはずなので、別の基盤を作れないかなと思っていました。

定期誌という形以外にも、Webでプレミアム会員を作ったり、アプリで提供するというのも考えました。ですが、紙で読みたいという声も聞いていましたし、背景・構造・流れも意識した「線の情報」を伝えるなら、紙の方がやりやすいだろうなと感じていました。

▼定期誌「MarkeZine」 Vol. 1

また、多くのマーケターの皆様から、オムニチャネルへの対応が急務と伺っていたので、MarkeZine自身のオムニチャネル化も必要だという思いもありました。

全員がWebだけで情報収集している訳ではないですし、出版社ならではの強みを活かして展開する方が、勝率があがるのではないかと、プロジェクトメンバーみんなで相談した結果、今の形に至りました。

だから、「Web VS 紙」という風には考えていなくて。あくまでもWebというプラットフォームの上に、紙媒体であったり、イベントや講座があるという感覚で、フラットに捉えています。

「デジタルマーケティング」と言わない時代に

チャネルを広げながらも、「デジタルファーストでマーケティングをする」というコンセプト自体は、広げていません。

これから本当の意味でのデジタル化が進んで、本流のマーケティングがデジタル化していって、いちいち「デジタル」とつけない時代になる。広告・マーケティング領域は転換期を迎えていて、今がその真っ只中だという認識です。

数年後、数十年後に振り返った時に、「あの時代がターニングポイントだったね」と語られるタイミングなのではないでしょうか。

また、広告・マーケティング領域とメディア領域の変化は表裏一体であり、それはすなわち私たち出版社自身もその渦中にいるということを指しています。

そういう変化をチャンスと捉え試行錯誤を続け、最終的には「MarkeZine」というWebの基盤を活かし、他のプロダクトを作ったとしても有機的に機能するという状態を作るのが理想です。その上で、新しい手法を取り入れたり、記事の作り方を変えたりというのは、現場主導でどんどん試していけば良い。

そうして、マーケターの人たちが困ったときにWebを見たり、定期購読誌を読んだり、イベントで話を聞いたりできるように、包括的にコンテンツを提供していけたらいいなと思います。

まだまだ道半ばではありますが、「困ったらMarkeZineへ」とマーケターの皆様に思ってもらえるような、信頼できる存在となれるよう、これからも継続して努力していきたいと考えています。(了)

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