- 日本アイ・ビー・エム株式会社
- 常務執行役員 人事担当
- クリスチャン・バリオス
「AI + ヒト」の力で、人事領域にもアジャイルな意思決定を。日本IBMのビジネスHR戦略
〜5年前と今では、人に求められるスキルは全く違う。最先端のテクノロジーを活用し、従業員の成長をフルサポートするIBMの進化とは〜
ピープルアナリティクスやアジャイルHRといった、人事領域における新しい概念が拡大している。
こうした新しい概念をいち早く取り入れ、自社が持つ最先端の技術を用いて実践してきたのが、世界170ヶ国以上に約37万人の従業員を有するIBMだ。
同社では、その売上のおよそ半分が「5年前にはなかった新たな事業」で構成されている。それに伴い、社内の人材に求めるスキルも大きく変化を遂げてきたのだという。
そこでIBMでは、人事戦略のひとつとして、社員1人ひとりが持つスキルの育成・成長へと注力。
例えば「IBM Watson」を活用し、世の中のトレンド等の分析から「これからどんなスキルを身につけるべきか」を可視化する「Skills Value Framework」を導入。
また同時に、ビジネスの成長を支える「人事」の在り方も進化させている。
具体的には、社員満足度の調査やeラーニングの履歴、採用候補者から収集したNPS(ネット・プロモーター・スコア)といった様々なデータを元に、アジャイルな意思決定と施策を実行しているのだ。
今回は日本アイ・ビー・エムの常務執行役員で人事の責任者を務めるクリスチャン・バリオスさんと、採用領域の責任者を務める杉本 隆一郎さんに、詳しいお話を伺った。
事業ポートフォリオの進化に伴い、人に求めるスキルセットも変化
バリオス 私が人事責任者として日本IBMに入って、約5ヶ月が経ちました。
IBMは、全世界で約37万人が働く巨大な組織です。幅広い事業を展開し、様々なビジネスの戦略があります。
そんな複雑性の高い組織だからこそ、人事が組織に与える付加価値が大きいのではないかと思っています。
杉本 私は2017年9月に日本IBMに入社し、採用全体の責任者をしています。IBM Watsonに代表される先進テクノロジーを用いて採用を変革していきたい、という思いから入社を決めました。
バリオス IBMでは、その事業ポートフォリオが大きく変化を遂げています。今、社内の人材に求められているスキルセットは、5年前とは全く別のものです。
組織自体が変革しているので、その中で働く人も当然変わっていかなければならないんですね。
従って、IBMでは人事戦略のひとつとして、個々のスキルの育成・成長に注力しています。
その一例としてはまず、「Skills Value Framework」というものがあります。
これは私たちのビジネスが進化していく中で、これから必要とされてくるスキル、まだまだ需要があり維持されていくスキル、これから下火になっていくスキルをIBM Watsonを使って分析し、可視化したものです。
例えばこれから必要とされてくるスキルとしては、アナリティクスや、データサイエンスなどが挙げられます。
また、「Career Conversation」というキャリア形成に関する上司との定期的な面談の機会があるのですが、その時にもこのフレームワークが参照されています。
1人ひとりのこれからのキャリアを考えながら、それぞれが持っているスキルを可視化し、今後は何を身につけるべきか具体的に話をしていますね。
「AIキャリアアドバイザー」等、成長を後押しする仕組みも充実
バリオス IBMの特徴のひとつと言えますが、人材育成に対するコミットメントが非常に高いんです。
例えばミレニアル世代のエンゲージメントを高めるために、専任の人事チームを設けています。
IBMは100年以上続いている企業なので、若手の中には「自分をIBMに合わせなければいけないのでは」と心配する人もいます。
ですが我々としては、個々の「自分らしさ」を、若いうちからどんどん発信してほしいと思っているので、積極的に若手を新しいプロジェクト等にアサインしています。
また、各部門にいわゆる「部門付き人事」であるHRパートナーが付いて、それぞれのチームのパフォーマンス、エンゲージメント、スキルレベルなどを定量的に見ながら、サポートを行っています。
杉本 他にも、人材を育成するためのテクニカルな仕組みが色々と設けられています。
例えば「Your Learning」というオンラインの学習コンテンツがあります。
ここでは各個人のスキルや経験から見出されたギャップを克服するために、「この職種であればこの学習をすべき」と推奨コンテンツが提示されます。
そして、受講後には、社内のデジタルバッジがもらえます。それが、ある領域における専門性を持っているという証になり、プロジェクトのアサインに際して参考にされることもあります。
バリオス また、「IBM Watson Career Coach」というキャリア・マネジメントツールでは、「MYCA(マイカ)」という女性のバーチャルなキャラクターが、キャリア・コンサルタントとしてアドバイスをくれるんですね。
AIである彼女は、どんな質問にでも答えてくれます。
例えば「来週マネージャーとキャリア形成の面談をしますが、何を聞いたらいいんですか」と聞くと、MYCAが関連する様々な情報リソースにアクセスしてくれて、提案をしてくれます。
「MYCA」(※画像出典はこちら)
また、「Coach Me」という、自分の学びたい内容に合わせて、世界中のIBMの専門家の中からコーチを探すことができるツールもあります。
Coach Meの利用履歴は、定量的なデータとしても活用しています。例えばそれぞれの国や事業部ごとに、社員のラーニングに対する意欲を掴むことも可能です。
学びに対しての意欲が弱ければ、そこに会社がいくらリソースを注いでも響きませんよね。
そういったケースがわかっていれば、もう少し人事からコミュニケーションを取ってみたり、別の学習機会を設けたり、といった施策を実施できます。
定性・定量データをベースに、アジャイルな意思決定を行う
杉本 このように、IBMでは人事施策にもデータを活かしています。特に近年は、データを元にアジャイル的にどんどん意思決定をし、施策を実行する、という機会が日常的にとても多いですね。
いわゆる社員向けのエンゲージメント調査に関しても、年に1回の大きなものに加えて、部門独自で四半期ごとに「ミニサーベイ」を行っています。
年次の調査は「あなたは、自分がチームの一員であると実感していますか」といった質問を含め項目も多いですが、ミニサーベイは「キャリア・カンバセーションを実施しましたか」など、クイックに回答できるものです。
また採用では、採用/不採用に関わらず、全候補者の方にNPSへの回答をお願いしています。このNPSは、採用チームのKPIのうちの2つを占めるほど重視していますね。
定量的なデータに限らず、フリーコメントも分析の対象としています。
これはグローバルの取り組みの例ですが、IBM WatsonにNPSのフリーコメントを読み込ませたところ、「選考期間と選考プロセスが不明瞭」という課題が出てきたんです。
それがわかってからは、面接の日程調整メールの1通目には、テンプレートで選考期間の目安と、選考プロセスを載せるようにしました。
このように、NPSやミニサーベイを通じて得た洞察を、すぐに次のアクションにつなげていける体制が実現できています。
僕もIBMに入社してみて、重鎮のようにどっしりブレないところと、敏捷性を持って取り組むところのバランスが取れていることが意外でしたね。
「ビジネスHR」視点から、より強い会社を作ることに貢献する
バリオス 世の中が変化している中で、HRもやはりできるだけアジャイルに、できるだけフレキシブルであるべきだと考え、このように様々なデータを活用しています。
しかし、大きな会社だからこそ、意図的に「社員の現場の声」を聞くことも必要だと思っています。
CEOであるジニー・ロメッティも言っているのですが、「AIだけ・人だけ」ではなく、「AI + 人」の組み合わせが、最も素晴らしい意思決定を導くと考えているんですね。
実際に私も、入社して3ヶ月で30回のラウンドテーブル(※カジュアルな対話)を行いましたし、200人と1on1も実施しました。
私の中では、日本IBMを、IBM全体で一番ビジネス成長率が高い企業にしたいと思っています。それはやはりタレント(人材)あってのものだと思うので、ビジネスHRの観点から、より良い組織を作っていきたいですね。(了)