DXを始めるなら「HRDX」から。最大のハードル「人」を越えた4つの事例をご紹介
コロナ禍により、ますます加速するDXの波。以前、こちらの記事ではDXの基本から、具体的な事例までをご紹介いたしました。
おさらいですが、DXの目的は「企業がデータやデジタル技術を活用し、組織やビジネスモデルを変革し続け、価値提供の方法を抜本的に変えること」です。
とはいえ、組織の変革は「人」の行動変容によってもたらされるものであり、HR領域でのDXが組織全体のDXの鍵を握るといっても過言ではありません。
そこで注目されている概念が、「HRDX」です。実際に、Gartner社のレポートでも「2025年までに、社員数が5,000人を超える企業の20%がHRDXを達成しているであろう」と記述されています。
そこで今回は、「HRDXって何?」「どうやって進めたらいいの?」といった疑問にお答えするべく、その定義から実践例までをご紹介いたします。
<目次>
- 「HRDX=人事領域におけるDX」はなぜ重要なのか?
- 「HRDX」を進める上でのポイント3つ
- 【実践例4つ】「HRDX」で注目すべきカテゴリ
「HRDX=人事領域におけるDX」がなぜ重要なのか?
「HRDX」は、一言でいうと「人事領域におけるDX」のことを指します。
これは、単にITツールを用いて人事領域の業務プロセスを効率化することではありません。組織構造や社員の行動・意識、オフィス環境といった幅広い視点から変革を行い、組織にインパクトをもたらすものです。
具体的には、主に下記の3つに分類できます。
- 人事領域のプロセスを自動化することで、時間の効率化を図るもの
- データを活用することで、人的資本を競争上の優位性に変えるもの
- 労働環境の改善によって、従業員体験(以下、EX)を向上させるもの
では、「HRDX」はなぜ重要なのでしょうか。その理由のひとつめとして、まずは社会的な背景をいくつか挙げることができます。
- IT人材の不足による、労働生産性の低下
- ミレニアル世代やZ世代、外国籍の人材などの価値観の多様化
- AIやビッグデータ、IoTを活用する「第四次産業革命」の可能性
- ニューノーマルな生活様式への移行(リモートワークを推奨する動き、など)
例えばGallup社のデータでは、労働者の65%は今後も在宅勤務を望んでいるといいます。このように、多様化する従業員のニーズに対応していくことが今後の人事領域には求められるでしょう。
そしてもうひとつの理由は、HRDXが組織全体のDXの成功の鍵を握ることです。
ITに関する調査・分析を行うグローバル企業「IDC」が発表したレポートでは、DXを妨げる上位4つの障壁は「人、文化、知識、コスト」だと言われています。
この障壁のうち、「人」「文化」は対症療法で解決できるものではありません。
つまり、ひとえに「HRDX」といっても、HR領域の業務をデジタル化するだけでなく、デジタル化を促進する組織文化を創造するなど「組織全体のDXをサポートすること」が求められる、ということです。
「HRDX」を進める上でのポイント3つ
では実際にHRDXは、どのようなステップで実践していくべきなのでしょうか?
1.自社の組織課題を見極めた上で、適切なITツールを導入する
HRDXを推進するにあたって重要なことは、明確な「ゴール(目的)」を定めることです。そこで、まずは取り組むべき組織課題を特定する必要があります。
よくある誤ちは、「評価の納得度が低い」という課題を解決するために、評価管理ツールを導入する…といったようなケースです。実際はマネジメントに本質的な課題があるにも関わらず、それに目を向けず、対症療法的な解決に留まってしまっています。
組織課題は、様々な要因が複雑に絡み合うものです。本質的な課題を特定しなければ、いくらツールを導入し、施策を実行しても効果は発揮されません。
データ分析は、結果の裏側に潜む様々な問題の原因を探り、解決策を出すために行うものです。結果のデータを眺めるだけでは、何も答えは出てきません。あるべきプロセスは逆です。
仮説を立てた上で、その仮説の正当性を検証するためにデータを活用します。つまり、「仮説からデータ」という流れが正しいんです。
2.導入したITツールを活かすための組織づくりを行う
課題を特定し、実際に必要なITツールを導入したとしても、業務プロセスを代替するだけでは不十分です。
ツールはあくまでも「手段」であり、課題を解決するのは「人」です。今後、ITツールを導入することは当たり前となっていく中で、今後は「人事部門のアジャイル化」も推進し、外部環境に適応しながら様々な課題に対応することが重要になるでしょう。
ゴールを達成するために、ツールをどう活かせるか? を考え、組織のフェーズや現場の状況に合わせて、解決すべき課題の「優先順位」を変化させることも重要です。
3.ストーリーとコミュニケーションを軸に、DXを組織全体へと発展させる
冒頭でもお伝えしましたが、DX推進の代表的な障壁は「人」です。実際に、46%の組織が「DX化の最大の障壁は従業員の変化への抵抗だ」と回答している調査結果もあります。
例えば、経営と現場の橋渡しとなるHRBPは、経営レベルから「なぜ、全社的にDXを推進する必要があるのか」「DXを推進するためにはマインドセットが重要である」といったことを組織に浸透させる役割を担います。
この際に重要なのは「コミュニケーション」です。マッキンゼーによると、「どう変化するのか」というストーリーを従業員に伝えることがDXの成功に影響するという調査もあります。ぜひ、参考にしてみてください。
【実践例4つ】「HRDX」で注目すべきカテゴリ
最後に、今後HR部門がより注力していくべき分野に焦点をあて、4つの実践例とともにご紹介いたします。
1.データ活用による従業員体験・育成・採用の改善
まずは、「データの活用」です。2018年ごろから、社員や組織に関する「データ」を活用する組織開発の手法が「ピープルアナリティクス」「HRアナリティクス」といったキーワードで広く浸透しました。
これまでは、社内の情報システム部門や外部のコンサルティングに委託するなどしてデータを取得していたかもしれませんが、今後は人材部門みずからがデータを取得し、分析するという「攻め」の姿勢も求められるようになるでしょう。
LINE社では、チームが多様化する中でサポート体制を構築すべく、高頻度のアンケートを通じて組織の状態を可視化する「従業員向けパルスサーベイ」と「人間関係の診断サーベイ」を導入したといいます。
LINEで導入しているパルスサーベイでは、組織風土や上司との人間関係、自己成長といった項目で、「組織の状態」がスコアリングされます。
導入している部門には「スコアの変化に注目してください」と伝えています。
というのも、絶対値が良いに越したことはありませんが、組織によって置かれた環境は異なりますし、LINEでは皆、難しい挑戦に直面しています。
その挑戦をサポートするためには、組織の健康状態の変化を早期に発見し、その原因を特定して、改善につなげていくことが重要だと考えています。
またセプテーニ社では、ピープルアナリティクスに基づた人材開発を行っています。
例えば、社内の人材データと定量的なスコアとして表されるパフォーマンスの関係性を研究することで、応募者の入社後のパフォーマンスを予測するなどして採用へのデジタル活用を進めているそうです。
他にも新卒採用では、パーソナリティ診断やグループワークでの360度評価などでデータを取得し、面接は基本的に1回という選考フローで、採用を行っています。
▼4つのパーソナリティ分類(同社提供)
記事はこちら:活躍する新卒を「会わずに」採用できる?ピープルアナリティクスを徹底した組織作りとは
2.ウェルネスをはじめとした従業員体験(EX)の向上
2つ目は、「EXの向上」です。NTTの調査によると、80.1%の組織が「EXを向上させている」と回答しているものの、実際にEXが業界標準に達している企業はわずか38.3%だそうです。
では、「有効な」EX向上施策にはどのようなものがあるのでしょうか。
いわずと知れたユニコーン企業であるAirbnb社では、従業員体験の向上を目的とする「ground control」と呼ばれるグループが各オフィスに存在し、労働環境を整えるためITツールを活用した施策を行っているといいます。
▼従業員からも高い評価を受けるAirbnb
こちらの記事では、下記のようなAirbnb社が実践する「最高の職場」の創り方をご紹介しています。ぜひ、参考にしてみてください。
- パフォーマンスと目標を管理するマネジメントツール
- 人生の成功のための習慣を作る「Life Dojo」
- 組織づくりを通して、所属意識を向上させる「Niko」
さらにコロナ禍によって私たちの働き方が大きく変化し、EXを再定義する必要も生まれました。
これまでは「従業員として」の体験向上に注目が集まっていましたが、仕事とプライベートの境界が曖昧になりやすい在宅ワークでは、「個人の人生そのもの」が豊かになるようなサポートが企業にも求められると考えられます。
実際に、従業員の精神的・肉体的な健康をサポートした組織ではハイパフォーマーの割合が21%増加したというデータもあり、ビジネスインパクトも期待できます。
世界で最も人気の高いマッチングアプリ「Tinder」を提供するTinder社では、従業員にウェルネスプログラムを提供しているといいます。具体的には、オフサイトでトレーニングを行ったり、音声メディアを通じて毎週コンテンツを発信しているそうです。
さらに、従業員のニーズに応えられるようにウェルネスに関するサーベイも実施し、結果を元にプログラム内容も改善しているといいます。
3.テクノロジーを用いた従業員のスキルアップ
最後は「従業員のスキルアップ」です。組織外から人材やスキルを獲得するだけではなく、社内でスキルを習得できる環境を整え、人材開発に注力する必要が増しています。
これまでは「製品を効率的に生産しサービスを展開すること」が求められるスキルの根本でしたが、今後は思考力や共感力、創造性といった定量化できないスキルが求められるようになります。
その一方、デロイトによると、組織の74%は今後の成長のためにスキルの再構築が非常に重要だと述べているものの、これに対応できている企業はわずか10%というデータもあり、まだまだ開発の余地があるといえそうです。
世界170ヶ国以上に約37万人の従業員を有するIBMでは、人事戦略のひとつとして、社員1人ひとりが持つスキルの育成・成長へと注力してきたといいます。
具体的には、これから必要とされてくるスキル、まだまだ需要があり維持されていくスキル、これから下火になっていくスキルをIBM Watsonを使って分析し、可視化したものを元に上司とキャリア面談を実施しているそうです。
さらに、「Your Learning」というオンライン学習コンテンツでは、各人のスキルギャップを克服するために必要なコンテンツを推奨してくれる機能があり、AIを活用したキャリア・マネジメントツール「IBM Watson Career Coach」ではバーチャルキャラクターがキャリア相談に応じてくれるといいます。
IBMは、全世界で約37万人が働く巨大な組織です。幅広い事業を展開し、様々なビジネスの戦略があります。
そんな複雑性の高い組織だからこそ、人事が組織に与える付加価値が大きいのではないかと思っています。
(中略)
IBMでは、その事業ポートフォリオが大きく変化を遂げています。今、社内の人材に求められているスキルセットは、5年前とは全く別のものです。
組織自体が変革しているので、その中で働く人も当然変わっていかなければならないんですね。
以上、HRDXの必要性や実践する上でのポイントなどをご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。
MITの主任研修員であるジョージ・ウェスターマンは、「DXが正しく行うことは、毛虫が蝶に変化するようなものです。しかし、間違えたDXを行えば『ただ動きが早い毛虫』になるだけでしょう」と述べています。
流行りにのってDXに取り掛かるのではなく、自社の現状を見つめ直し、明確な目的をたて、「正しい」組織変革を押し進めることが重要です。ぜひ参考にしてみてください。