- AiHUB株式会社
- 代表取締役CEO
- 園田れい
合同会社型DAOのメリットとは?AiCOMMUが目指す、新たなオープンソースコミュニティの形
Web3時代の新しい組織形態である「DAO(分散型自律組織)」。特定の中央管理者が存在せず、ブロックチェーン技術を基盤に構築されるのが特徴で、スマートコントラクト(特定の条件が満たされた場合に自動的に実行されるプログラム)によって、自律的に組織の運営や意思決定が行われる。
しかし、これまでは法的な組織としての実態がなかったことから、取引や契約締結などが行いづらく、また参加者個人が無限責任を負うリスクも存在していた。
こうした課題を解決するために日本ではDAOの法整備が進められ、2024年4月22日に「DAO特別法」が施行された。この法律に基づいて設立可能になったのが、「合同会社型DAO(LLC型DAO)」である。
合同会社としての法人格をDAOに与え、従来型の組織よりも透明性を担保しながら、参加者の主体性を引き出すガバナンスを構築できることが特徴だ。
そして、この組織形態を日本国内でいち早く取り入れたのが、画像生成系AIやAIオーケストレーションの研究開発をリードするAiHUB株式会社の設立母体であった、生成系AIの研究開発コミュニティ「AiCOMMU」だ。
同コミュニティは、日本初の合同会社型DAOとしてAI研究開発支援DAO「AiCOMMU」を設立。
AiHUB株式会社の代表取締役であり、エコシステム全体に関わる園田れいさん(@LeitchSSS)は、「合同会社型DAOの仕組みによって、参加者を適切に評価し報酬を還元する新たなオープンソースコミュニティの形を創出でき、これまで以上に自律的に行動する気概や姿勢を持つ人が集まりやすくなる」と語る。
そこで今回は、園田さんにAiCOMMUをDAO化した背景やそのメリット、合同会社型DAOで目指す将来像までを詳しく伺った。
コミュニティの持続的な発展を目指し、合同会社型DAOを設立
私はもともとテレビや雑誌などのマスメディア出身で、主に企画制作やデザインを手掛けながら、エンタメ制作の基礎知識を学びました。その後、IT企業に転職し、2010年にはGroupon JapanのUXデザイナーとして活動、2014年からは恋愛婚活マッチングサービス「with」でPO・UXデザイナーとして従事し、PMFに至るまで携わりました。
この頃からAIの活用方法について考えるようになり、2018年からはWeb3やAIについて研究する新井(同社CTO)が立ち上げたコミュニティに参画し、テクノロジーの基礎知識を習得するとともに、具体的な未来構想を描き始めました。
そんな折、急速に台頭してきたのが「生成AI」の波でした。この時に「ものづくりの方法が大きく変わる」と一瞬で感じて。また、「このタイミングを逃すと次の波は来ない」という思いから、2023年4月にAiHUB株式会社を立ち上げました。
AiHUBは元々、画像生成AI系のオープンソースソフトウェア(OSS)コミュニティから始まった組織です。そこからビジネス展開を図るためにAiHUB株式会社を設立し、以来、コミュニティと株式会社が共存する形で発展してきたという背景があります。
そして、コミュニティ側の資本をどう確保しようかと模索していた際に、ちょうど話題になったのがDAO特別法です。
DAO特別法について簡単にお伝えすると、日本の会社法に基づく合同会社の枠組みを利用して、法的な主体としてDAO的な組織運営を認める法的枠組みのことです。
資本を投入してコミュニティを運営する方法は、製作委員会の形式やプロジェクトファイナンスなどが存在していますが、DAO特別法によって協賛金を集める仕組みが可能になると考え、AiCOMMUを立ち上げるに至りました。
改めて、AiHUB株式会社は、生成AIとエンターテインメントの融合によって新たな価値を創造するディープテックカンパニーです。「AIに自由を、エンタメに希望を。」をミッションに掲げ、生成AI技術を用いて「漫画やアニメ」「バーチャルヒューマン」や「AITuber」を制作したり、エンタメ産業の各領域における研究開発とビジネス支援を行っています。
一方、AiCOMMUは、生成AIの研究開発支援を目的とした組織です。経団連が提唱するAI活用原則の実現に向けて、研究者及びAIに興味がある方への活動支援や、交流会やセミナーの開催などを行っています。 現在、アカデミアやボランティアの開発者、クリエイターが参加する、数百名のOSSコミュニティです。
参加者を適切に評価し、報酬を還元する「新たなオープンソース」の形
合同会社としてDAOを運営するメリットは、大きく分けて3つあると思っています。まず1つは、個人の無限責任ではなく、法人の資産のみ責任をもつ形になったことです。
従来のDAOにおける責任範囲は「個人の無限責任」でしたが、合同会社型DAOでは「DAOの代表者による有限責任」になります。普通の法人と同じですね。このことにより参加ハードルが低くなりました。
2つ目は、煩雑な契約などを交わさずに、参加者に対して報酬を付与できるようになったことです。
株式会社では、株式を付与する際の書類の取り交わしが非常に面倒ですし、株式自体に流動性をもたせることも非常に難しいのが現状です。これは創業メンバーを中心としたクローズドな形で価値を創造するのには適していますが、場合によっては不向きなケースもあります。
一方で、合同会社型DAOでは、こうした課題を解決できる可能性があります。例えば、コミュニティの貢献度に応じてトークンを支払う仕組みでは、その都度契約を交わす必要がありません。
また、株式会社の場合は、株主が50人以上になると有価証券通知書の提出が必要になりますが、合同会社型DAOでは500人までは規制の対象ではないので、より多くの人を巻き込みながらコミュニティを拡大できます。
OSSコミュニティの活動でも長年の課題として挙がっていたのが、コミュニティの発展や売上げに貢献してくれた人々に報酬が与えられないことでした。私個人としても、後払いでもいいので、何らかの形で返礼できればとずっと思っていたんですよね。
けれども、その還元をアナログにやろうとすると限界がある。そこで、DAOであればコミュニティへの貢献のエビデンスを基に、スマートコントラストを使って自動的に報酬を支払うシステムを構築できます。
このような仕組みを早いうちから導入し、AiCOMMUを中心に、参加者を適切に評価し報酬を還元する「新しいオープンソースコミュニティ」の形を創出していきたいという思いが一番根底にあるんですよね。
最後の3つ目は、企業が運営するサービスの一部をオープンソース化し、コミュニティ化できる点です。
例えば、Webメディアの1つのコーナーをDAO組織で運営し、記事を書いて貢献した人に対して、運営会社が成果に応じて協賛金を割り戻す形で支払うという仕組みが考えられます。
このような形式が実現すれば、個人がこれまで以上に自分の時間を投資してスキルを活かせるようになると考えています。DAOの革新的な点は、先にお金を投資する必要がなく、誰もが自分の労働力を入り口に気軽に組織に関われるようになり、成果に応じて報酬がもらえることです。
そういった、本職以外での関わり方に興味を持つ人は結構いると思うんですよね。「コミュニティに関わってみて、最終的にちょっと利益があれば嬉しいな」ぐらいの感覚で参加したい人が多いのではないかと。
要するに、「お金を渡すから働いてください」ではなく、自律的に行動する気概や姿勢を持つ人が集まりやすいのが、合同会社型DAOの特徴だと思います。
海外ではすでにこういった形でビジネスを展開するDAOが存在していましたが、日本で公式に法律の下でDAOを動かせるようになったことは大きな進歩だと思いますね。
「コミケ」的な広がりをみせるエンタメ領域のAIとDAOは相性が良い
また、DAOとAIの領域はかなり相性が良いと感じています。特に、私たちが事業を展開しているエンタメ領域のAIは、ある種「コミケ(コミックマーケット)」に似た熱量があるのが特徴です。
どういうことかというと、AIでものづくりすることが純粋に好きな人々の「AIで自分好みの可愛い女の子を作りたい」「ハイクオリティなビジュアルをAIで生成したい」といった欲求から、自然発生的に市場が生まれていて。
このような熱量に基づいて自発的に発展するコミュニティの形は、まさにオープンソースと非常に相性が良いんですよね。
しかし、AIの研究開発には課題もあります。その最大の問題は、研究者たちの「計算機資源」が不足していることです。
AIの研究開発には高価なGPUリソースや膨大なデータ処理能力が必要です。しかし、それらを確保する財政的支援が乏しく、多くの場合は個人の犠牲の上に成り立っていて、「AIの研究開発に取り組みたくてもできない」という状況が生まれています。
AiCOMMUを合同会社化した理由の1つは、こうした計算機資源の提供を可能にする協賛を募ることもあります。将来的には、計算機資源自体をトークン化することも視野に入れていますね。
トークン化が実現すれば、計算機資源の柔軟な共有や取引が可能になり、個人や小規模組織でもAI研究開発に参加しやすくなります。また、資源提供者はトークンを通じて貢献度に応じた価値を得られ、コミュニティ全体の活性化にもつながるでしょう。
そうすれば、トークンを新たな投資にも活用できますし、この仕組みがうまく機能すれば、持続可能なAI研究開発エコシステムの構築が可能だと考えています。
総じてAiCOMMUとしては、AI研究に情熱をもつ人々が気持ちよく、そして楽しみながらアイデアを追求できる、そんなコミュニティを提供していきたいと思っていますね。
創造性が問われるAI×DAOでは、横のつながりを生む施策が肝
AiCOMMUの運営には、Unyte社やNextmerge社のDAO構築テクノロジーを採用しています。これにより、DAO化に伴う機能の自社開発が少なくなり、大きな効率化が図れているので、コミュニティマネージャーの採用や配置などに集中できています。
トークノミクスの設計は進めている最中ですが、正解がないゆえに難しさを感じています。構想としては、コミュニティへの貢献度に応じたリワードトークンを発行する予定で、将来的にはトークンをスワップ(トークンを別の暗号資産に交換するプロセス)できるようにすることも検討しています。
報酬形態については、法定通貨での支払いや、トークンの代わりに計算機資源を渡すといった形も考えられます。どの形態を採用するにせよ、参加者の貢献度をツールで可視化し、エビデンスとして残しておくことが重要だと考えていますね。
また、コミュニティの運営において特に重視しているのが、参加者同士の横の繋がりを生む施策です。これは、他のDAOと比較しても、より強く求められる要素だと認識しています。
その背景として、AIには画像や音声、動画など様々な領域がありますが、複数のAI技術が組み合わさった形で価値が生みだされ、最終的に世の中に成果物がアウトプットされます。
昨今、「マルチモーダルAGI(汎用人工知能)」や「AIオーケストレーション」といった言葉が注目されていますが、いわば、AI技術自体は「無色透明」であり、他の要素と融合することで初めて意味を持つものです。そのため、ジャンルの異なるAIの研究者同士が交流し、情報共有や共同制作ができる場を提供するだけでも非常に有意義だと思っています。
今後は、AiCOMMU主催でイベントや発表会を開いてみるのも良いと思いますし、優れた研究開発や調査を発表した参加者が広く認知され、評価されていけばすごく嬉しいですね。
AIによるコンテンツの増加により、「評価者」の信頼性が重要に
最後に、AiHUBの事業展開領域であるAIに関する展望をお伝えできればと思います。
エンターテイメント領域では、AIの活用によりコンテンツの質が飛躍的に向上し、同時に制作時間も短縮されることで、より多くの高品質なコンテンツを生み出されるようになるでしょう。
アニメの制作現場では人材不足が大きな業界課題になっていて、新規作品の制作に2、3年かかるケースもあります。こうした課題に対し、AIで人手不足を補う仕組みも生まれてくると思います。
しかし、コンテンツ量の増加に伴い、良質なものを見極めるセンスや目利き力が、これまで以上に問われるようになると思っていて。
例えば1万個のパターンから選定する場合、極論9999個目まで失敗作かもしれません。そこで、良質なものを効率的に選び取るためには、多様な人々の視点を取り入れた評価システムを構築するやり方もあります。
他方で、「評価者が本物なのか」という観点も重要です。そこで効力を発揮するのが、Web3のDID(分散型アイデンティティ)やVC(検証可能な資格情報)、SBT(ソウルバウンドトークン)であり、これらの技術を組み合わせることで、評価者自身の信頼性を担保することが必須になるでしょう。
また、弊社がアニメのほかに注力しているのが、バーチャルヒューマンの領域です。NECとイーソリューションズが主導で立ち上げた「デジタルヒューマン協議会」に弊社も参加しており、2024年6月には「デジタルヒューマンの望ましい活用法に関する意見書」を公開しました。
社会実装に際して抱えるリスクや不安が軽減され、将来的には、1人1体バーチャルヒューマンを持つ時代がきたら面白いなと思っていて。自分の代わりに働いてくれるような世界観も実現するかもしれません。
現在のAIは人間から喋りかけないとレスポンスが返ってこない形ですが、次のフェーズでは「顔色がよくないですが、体調はいかがですか?」といった能動的なコミュニケーションが可能になると予測していて、弊社としても、自律的に動くバーチャルヒューマンの開発に挑戦しているところです。
この辺りがまさに、先ほど話したAIオーケストレーションの実践例なんですよね。 バーチャルヒューマンは様々なAI技術を統合させた結晶であり、今後数年のうちに実用化が進むと予測しています。
今までにない新たなUI/UXを追求し、1日24時間の壁を突破する
個人の展望としては、長年UXデザイナーとしてのキャリアを積んできた経験から、AIを活用することで「今までにない全く新しいUX」を発見できると面白いなと思っています。
情報過多の現代社会において、どこかマンネリ化を感じている自分がいるので、AIを通じてこれまでにないUI/UXを見出したいですね。現在のUIは多くの場合、ユーザー間で画一的ですが、将来的には一人ひとりにパーソナライズされたUIがリアルタイムで生成される時代が来るかもしれません。
このように、AIがさらに発展していけば、極論「1日24時間」という制約さえも突破できると思っていて。
例えば、弊社のCMOであるくりえみ(@kurita__emi)は、画像生成AIを駆使して自身のバーチャル画像を作成し、SNSに投稿しています。特筆すべきは、実際に現地に足を運ばなくても、場所を指定したプロンプトを用いることで、その場所に訪れたかのような「バーチャルくりえみ」の写真を生成できる点です。
本来なら、ロケハンや企画立案など含めて数日を要する作業が、AIを活用することで、手元で簡単にクリエイティブを生み出せるというのは、非常に革新的な変化だと思います。
総じて、AI時代は新たなクリエイティブの飛躍が期待されるのと同時に、日本の大きな課題である少子高齢化に対しても、労働力を補うためのAI活用が進めば、それこそベーシックインカムの時代が到来するかもしれません。そうなれば、仕事そのものが娯楽のように楽しめる社会が実現するのではないでしょうか。
AIのような先端技術は、人々が楽しみながら創造的な活動を行う中で偶発的に発見されるものだと思うので、AiCOMMUがそのような環境を提供し、日本国内のAI技術の発展に寄与できたらと思っています。(了)
取材・ライター:古田島 大介
企画・編集:吉井 萌里(SELECK編集部)