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開発者の心をつかむ「DevRel」とは? 活動を成功させる「4つのC」と、企業事例を徹底解説
近年、外資系IT企業や自社プロダクトを持つ企業を中心に「DevRel(Developer Relations、デブレル)」の取り組みが活発になっており、その言葉を目にする機会も増えてきました。
DevRelとは、自社サービスと開発者をつなぐためのマーケティング活動や、それを担う役割を指します。
Apple、Amazon、Googleなどの大手IT企業は長年DevRel活動に取り組んでおり、その重要性を認識して専門チームを設置し、開発者コミュニティとの積極的な交流を行ってきました。
この流れは欧州やアジアのIT企業にも広がりを見せ、日本でも近年、企業での取り組みや認知が高まりつつあります。
一方で、日本では本来の意味から派生し、「開発者向けの採用広報」などといった、より広義な使われ方をしているケースもあります。そのため、初めてDevRelという言葉を知った方にとっては、その概念を理解することが難しいと感じることもあるようです。
そこで今回は、DevRelについてあまり知らないという方に向けて、その定義や活動を成功させるための4つの要素、企業事例を解説します。ぜひ参考にしていただければ幸いです。
<目次>
- 今、注目度が増している「DevRel」とは?
- DevRelの活動は多岐にわたる
- DevRelの活動を成功させるための4つの要素(4C)とは
- 【5選】DevRelに取り組む企業の事例
今、注目度が増している「DevRel」とは?
まず、DevRelの定義や注目されている背景、そして「技術広報」との違いについてお伝えします。
DevRelとは
DevRelはDeveloper Relationsの略であり、直訳すると「開発者との関係性・つながり」を意味します。
具体的には、開発者向けのイベントや勉強会の開催、コミュニティ運営、各種メディアでの情報発信など、さまざまな施策を通じて自社サービスと主に外部の開発者をつなぐマーケティング活動や役割を指します。
一般的な広報が消費者を対象とするのに対して、DevRelはエンジニアやプログラマーなどの開発者を相手に活動するという点が特徴です。
そのため、DevRelを担う人材の多くは自身も開発経験者であり、外部の開発者と直接コミュニケーションを取りながら、自社サービスへの技術的な質問やフィードバックに対応し、より良いサービスの提供を目指します。
DevRelの起源は、一説には1980年代にAppleが最初のプログラムを作成したことにあると言われていますが、海外では古くからテクニカルエバンジェリストやデベロッパーアドボケイトと呼ばれる人材が中心となって、開発者向けのマーケティングが展開されてきました。
2015年にはロンドン発祥のカンファレンス「DevRelCon」が開催され、その後も世界各地で開催が続いていることからも、DevRelに関する活動が世界的に広まっていることがわかります。
日本国内でDevRelという言葉が聞かれるようになったのは、ここ10年ほどです。「DevRel Meetup in Tokyo」など、首都圏を中心に各種カンファレンスが開催されるようになり、大手IT企業がDevRelの活動や情報発信を増やすにつれ、その認知度が高まってきました。
近年では、開発者向けのマーケティングという本来の意味だけでなく、開発者向けの採用活動なども含む、より広い意味合いで使われるようになっています。DevRelの定義や業務の範囲が企業によって異なるため、DevRelを担う人材についても専任を置いたり、エンジニアやマネジメントレイヤーが兼任したり、採用担当者がエンジニア採用の一環として兼任したりとさまざまです。
DevRelが注目されている背景
現在、大手IT企業を中心に、DevRelを担当する人材や専門チームを設置する企業が増加しています。
その背景には、ITリテラシーが高い開発者にとって、Web広告などの従来のマーケティング手法は効果が薄いことが多く、広告だけで自社サービスに関心を持ってもらうことが困難になっているという点が挙げられます。
実際に、開発者が使用するツールは、開発者同士の口コミやイベントなどでの直接的なコミュニケーションを通じて選ばれることが多いとされています。そのため、自社サービスを持つ企業は、開発者に直接訴求できる新しいマーケティング手法として、DevRelに注目するようになりました。
また、GoogleやFacebook、X(旧Twitter)といったプラットフォーマーにとって、世の中の開発者に自社サービスの魅力をアピールすることは重要な課題となります。単体でサービスを展開するより、APIの公開などを通じてサードパーティー製のアプリや関連サービスが生まれていくことが、プラットフォーム自体の価値向上やユーザーの増加につながるからです。
さらに、市場全体でIT人材の不足が叫ばれる現代は採用競争が激化しており、ハイスキルなエンジニアと接触できる機会が限られています。それらの文脈からも、開発者と日々コミュニケーションを重ねていくDevRelが重視されるようになったのです。
「DevRel」と「技術広報」の違い
DevRelと技術広報は、どちらも技術に関連するコミュニケーション活動で、企業によっては「DevRel(技術広報)」のように、近しい役割としてまとめて表現しているケースもあります。両者の大きな違いは、その目的と活動の対象者にあります。
DevRelの主な目的は、外部の開発者と良好な関係性を築き、自社サービスの利用を促進することです。そのため、活動の対象は開発者となります。
また、DevRelには「開発者の声に耳を傾ける」ことが大前提として含まれています。これは自社サービスに対するフィードバックを真摯に受け止め、より良いサービスを提供することを大切にしているためです。
一方、技術広報の主な目的は、自社の技術力やイノベーション、組織や人に関する情報を広く社会にアピールし、企業イメージの向上を図ることにあります。したがって、活動の対象はメディアや投資家、顧客など、幅広いステークホルダーとなります。
つまり、DevRelは外部の開発者との直接的な関係構築と支援に重点を置くのに対し、技術広報はより幅広いステークホルダーに向けて技術力をアピールし、企業イメージの向上を目指すという違いがあります。
この両者は連携して活動することが多く、互いに補完的な役割を果たしています。また、企業の規模によっては、DevRelと技術広報を一人の人材が兼任しているケースも多くあります。
DevRelの活動は多岐にわたる
企業がDevRelを導入する際には、具体的にどのような活動に取り組むべきでしょうか。
DevRelは一概に「この活動をするもの」と定義されているわけではないため、ここでは多くの企業が実践している内容を一例としてご紹介します。
イベントや勉強会の開催とスポンサーシップ
カンファレンス、ミートアップ、ハッカソンなど、さまざまな形式で開発者とコミュニケーションを取れるイベントが日々開催されています。
そこでは社内外の開発者が集まり、テーマに沿ったフリートークや情報交換、講師から学びの場が提供されます。また、近年はオンラインイベントも増加しています。
一方、大規模な開発者向けイベントやコミュニティへのスポンサー活動を通じて、自社の認知度やブランディングの向上を図る取り組みもあります。
開発者向けコンテンツの作成
開発者向けの技術ブログや、自社サービスのチュートリアル動画の公開といったサポートもDevRelの仕事です。そのほかにも、SNSでの発信と対話、メルマガ・ポッドキャストの配信など、提供できるコンテンツの種類はさまざまです。
まずは技術やサービスを知ってもらうことが重要であるため、これらのコンテンツ制作は広報的な側面でも役立ちます。
開発者コミュニティの運営
オンラインフォーラムやSlack、Discordなどのツールを活用し、開発者同士が気軽に交流できるコミュニティを運営する企業や団体が増えています。
例えば、コミュニティメンバーがオフラインで一堂に会し、集中的に作業するイベントもあります。多くの場合はテーマが設定されており、そのテーマに精通した開発者が集まるため、疑問点を解決できる環境が整っています。
コミュニティ運営においては、適度な情報発信と、長期的な関心を維持するための取り組みが求められるでしょう。
開発者支援と社内連携
外部の開発者からの質問やトラブルへの対応、自社サービスに対するフィードバックの収集と、社内の開発チームや他部門への連携も重要な役割です。
DevRelは社外に向けた活動だけでなく、社内向けの技術勉強会やハッカソンの企画・運営なども担い、社内外のコミュニケーションの中心に立つパイプ役として役割を果たすことができます。
DevRelの活動を成功させるための4つの要素(4C)とは
各種メディアを通じた情報発信や、コミュニティ・イベントの運営など、DevRelの活動は一朝一夕で成し遂げられるものではありません。長期的な視点に立ち、着実に信頼を積み重ねていくことが、将来的なDevRelの成果につながります。
そして、DevRelの活動を成功させるために欠かせない要素は以下の4つあり、いずれも頭文字がCで始まることから4Cと呼ばれます。
- Community(Communication)
- Content
- Code
- Conductor
なお、当初はSendGrid社でDevRelチームのリーダーを務めていたBrandon West氏が、「Community、Content、Code」の3Cが重要な要素であると提唱しました。近年はここから発展して、エバンジェリストなどの人的要素である「Conductor」を加えた4Cが重視されるようになってきています。
前項で述べた活動内容と重なる部分もありますが、ここではそれぞれの要素についてご紹介します。
Community(Communication)
DevRelの成功には、良好なコミュニティを構築できるかどうかが大きく関わってきます。以前はオフラインイベントが主流でしたが、現在はオンラインでの開催が増加しており、コミュニティのメンバーはイベント以外でもSlackやDiscordなどを利用して活発に交流しています。
また、DevRelに携わる人々はSNSでも開発者とのコミュニケーションを図っています。それはSNSが情報発信だけでなく、困っている開発者への簡易的なサポートや、開発者からのフィードバックの収集にも役立つためです。
さらに、「teratail」といったQ&Aサービスも開発者同士のコミュニケーションに一役買っています。開発現場では常に疑問や問題が発生するため、システムやツールの提供会社へ直接問い合わせるよりも、同じコミュニティに属する開発者に質問する方が、心理的ハードルが低いと感じる人が多いようです。
※Discordコミュニティを運営する際には、SELECKの解説記事もぜひご参考ください。
Content
コンテンツ制作は、サービスを開発者に知ってもらうために極めて重要な役割を果たします。関係構築のためには、まずサービス自体を認知してもらう必要があるからです。
前述の通り、コンテンツの種類は多岐にわたりますが、最も手軽なのはブログ制作ではないでしょうか。企業だけではなく、個人でもブログを運営している人は多く、情報提供やデータベースとしての利用など、その用途はさまざまです。
また、動画コンテンツも人気があります。情報を受け取ったり、学習したりする際には、文字よりも動画の方が適していると言われています。ただし、動画の影響力は編集スキルによって差が出るため、見栄えや分かりやすさに工夫が必要です。
そのほかにも、作業中に聞き流せるポッドキャストなどの音声コンテンツや、eBook、電子書籍などの配布も有効です。近年ではマンガや同人誌のような自己出版もオンラインで委託できるようになり、手軽に出版できる環境が整っています。
これらのコンテンツを活用することで、自社サービスの認知拡大と、開発者との関係構築を効果的に進めることができるでしょう。
Code
コードは開発者にとって切っても切り離せない存在です。コンテンツの一種ではありますが、その重要性から独立した要素として扱われています。
開発者がコードで特に注目するものの一つが、SDKです。SDKとは「Software Development Kit」の略で、アプリケーションなどの開発に必要不可欠なツールとなります。
もし自社のシステムでAPIを提供しているのであれば、主要なプログラミング言語に対応したSDKもセットで提供することが望ましいでしょう。また、デモアプリを用意することで開発者の満足度はさらに高まります。
ただし、便利さを追求するあまりに多数の要素を盛り込みすぎると、かえって煩雑になり使いづらくなってしまう可能性があります。機能を絞って実装し、追加したい要素がある場合は、別のアプリとして提供するのも一つの方法です。
そのほかにも、GitHubにハンズオンのベースとなるコードを登録したり、社内の教育コンテンツを公開したりすることで、開発者の利便性を高め、自社サービスの活用を促進することができるでしょう。
Conductor
DevRelにおける「Conductor」とは、活動を推進し、調整する役割を担う人材を指します。オーケストラの指揮者(コンダクター)になぞらえて、このように呼ばれています。DevRelの活動は開発者とのコミュニケーションが中心となるため、欠かせない存在です。
Conductorには、社内の人材(エバンジェリスト、アドボケイト、コミュニティマネージャーなど)と、社外の関係者が含まれます。職種は企業によって異なり、ソリューションアーキテクトやカルチャーエバンジェリストなどと呼ばれる場合もありますし、コンテンツ制作を担うライター、編集者といった人材まで広く含まれることがあります。
Conductorの主な役割として、以下のようなものがあります。
- 開発者コミュニティとの関係構築
- 技術的な情報発信と開発者のサポート
- 社内外のイベントや勉強会の企画・運営
- 開発者によるフィードバックの収集と社内への連携 など
自社でDevRel活動を始める際には、以上の4つの要素を満たすように計画すると良いでしょう。
【5選】DevRelに取り組む企業の事例
近年は日本国内でも多くの企業がDevRelの活動に力を入れています。最後に国内外の企業の取り組み事例をご紹介しましょう。
LINEヤフー株式会社
2023年10月にヤフー株式会社とLINE株式会社などが再編されて生まれた同社では、それぞれ単独の企業だった時からDevRelに取り組んできました。
まず、DevRelという概念が浸透する前から開発者のコミュニティを作っていたヤフー株式会社は、各種メディアを通じた情報発信とコミュニケーションに加えて、「Bonfire」というイベントや、年に一度の「Yahoo! JAPAN Tech Conference」といった大規模カンファレンスを運営していました。
※再編前のヤフー株式会社が取り組んでいた事例については、過去のSELECK記事もご参考ください。
ヤフーの「DevRel」って何する人? 社内外クリエイターの熱量をつなぐ取り組みの全貌
一方、LINE株式会社では、Developer Succes Teamとして、エンジニア組織や採用チームと連携。各種メディアでの情報発信を活発に行い、「LINE Developer Meetup」や採用イベントなどを開催していました。
一つの企業として再編された現在では、「社内外のエンジニアに必要な情報を集約、整理、発信を行い成長を促す」ことをゴールとして、両社のこれまでの取り組みを生かしながら発展的に活動されているとのことです。
(出典:LINEヤフー株式会社が目指すエンジニア組織のビジョンとDevRelの役割)
Googleは初期から開発者の支援を積極的に行っている企業です。例えば、Google for Developers (旧Google Code)では、技術ブログやドキュメント、チュートリアル、サンプルコードなどを提供し、開発者が Googleの技術やツールを活用してサービスを構築できるようにサポートしています。
そのほかにも開発者を目指す学生を支援する「Google Summer of Code」や、「Google I/O」といったカンファレンスの開催など、活動は多岐にわたります。これらの取り組みを通じて、自社の技術やプラットフォームの普及を図るとともに、世界中の開発者との関係構築に努めています。
Apple
Appleもまた、DevRelという概念がなかった時代から、開発者への支援を積極的に行っている企業の一つです。
独自のエコシステムを維持・発展させるために開発者との関係構築に力を入れており、オープンソースソフトウェアに特化したサイト「Open Source at Apple」の開設、技術リソースの提供、カンファレンスの開催、収益化の支援などを行なっています。
そのような開発者への多面的なアプローチの結果として、Apple独自のアプリマーケットの形成にもつながったと言えます。
サイボウズ株式会社
「サイボウズ Office」「サイボウズ Garoon」「kintone」といったクラウドベースのグループウェアや業務改善サービスを提供する、サイボウズ株式会社。
同社ではDevRelを担う人材をテクニカル・クリエイターと呼び、自社サービスとトレンドをかけ合わせた技術的な情報を、技術ブログやハッカソン、イベント、ワークショップなどを通じて広める活動をしています。
また、「cybozu developer network」では自社サービスのAPI ドキュメントや、設計・開発・運用のノウハウ、イベント情報などを公開。エンジニアの成果を最大化する技術情報を発信しているとのことです。
クラスメソッド株式会社
クラウド、モバイル、ビッグデータを中心としたコンサルティングやシステムの設計・開発サービスを提供するクラスメソッド株式会社では、AWS (Amazon Web Services) に特化したDevRelを実施しています。
同社が運営するAWSをテーマとした技術ブログ「Developers.IO」は広く開発者に知られており、日々多くの記事が投稿されることから、情報発信に力を入れる組織文化があることが伝わってきます。そのほか、開発者向けの勉強会やハンズオンセミナーを多数開催しています。
おわりに
いかがでしたでしょうか。近年、最新のAI技術が広がりを見せる中、各社が技術面でサービスの差別化を図ることが難しくなってきています。このような現代社会において、DevRelの活動に代表される人と人とのコミュニケーションの重要性は、これまで以上に高まっていくことでしょう。
企業ごとに特色はあるものの、DevRelの活動には各社に共通する点が多く見られます。これからDevRelを導入しようとしている企業の皆さまにとって、本記事が具体的な取り組みを検討する際の一助となれば幸いです。(了)